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2006年12月19日 (火)

お母さん、会いたいよー

 母に会いたい。母に会いたい。お母さんに会いたい。

 幽霊でもいいから出て来て欲しい。夢の中でもいいから姿を見たい、声を聴きたい、話をしたい。父と私を置いていくなんて早過ぎる。

 あまりにも悲しくて、ずっとさぼっていた短歌を再開しました。拙歌を整理していたら、さぼる前の時点の最後の拙歌7首
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/TAN_H17.HTM#omoide
は、母が死ぬ1年半前(2005年5月)に両親が故郷・横浜 から拙赴任地・鹿児島 に遊びに来てくれた時でした。あの時、大好きな両親が来てくれてうれしかったし楽しかったのが、今から思えば夢のようです。鹿児島でいろいろな所に両親と遊びに行った のはとても楽しかった。あれから1年半しか過ぎていないのに、あの日はもう二度と戻って来ない・・・。

 いま、その時に詠んだ拙歌を読み返すと、とても悲しいです。

○ 大隅桜島かは分からねど海の向うに街の灯の見ゆ

○ 城山の温泉の名物焼酎の利き酒コーナーを父と楽しむ

○ 近頃は桜島見る度この街に故郷のごとき安らぎのあり

○ 鹿児島に来し両親にどこよりも見せたかりしこの尚古集成館

○ 仙巌園の灯籠は妖怪に似てゐると父と二人で楽しみてをり

○ 灯籠は田の神(たのかんさー)にも似てゐたり鹿児島固有の意匠かと思ふ

○ 余りにも悲しいからと知覧にて遺書を父は読み得ざりしか

 それが、(タイミング的には母が死ぬ 直前ですが、)再開時には、こんな内容
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/TAN_H18.HTM
になってしまっていました。

○ 死ぬ前の母に会ひたしと思へども鹿児島からは横浜は遠し

○ 死の床の母に会ひたし飛行機の速さも今の我にもどかし

○ あんなにもおしやべりだつた母なれど眼(まなこ)は開けど口は動かず

○ 子の我を知覚してゐる様子なしせめて眼(まなこ)の反応を見たし

○ 故郷(ふるさと)横浜は街の隅々に母の思ひ出が満ち満ちてをり

○ 太りてゐし母なり今は細々と骨皮だけの足になりたり

○ 去年(こぞ)の今日母と歌舞伎を見し思ひ出繰り返し繰り返し父は語りぬ

 今思えば、私が短歌を始めたのは同様に歌人だった父の影響ですが、短歌結社として1990(平成2)年にアララギ に入会したのは、学生時代にアララギ の五味保義の授業を受けていたという母の影響でした。1997(平成9)年のアララギ 終刊後、現在ではアララギ 後継誌(後継短歌結社)『短歌21世紀』 で歌道鍛錬に励むことになった私にとっては、自分の歌人としての道筋を導いてくれた影響として父と母の影響は極めて強いものがありました。

 両親とはいろんな所に遊びに行った思い出があり、楽しかったし今となってはせつないです。選歌が厳しかったアララギ に1990年に初めて掲載された私にとっては記念すべき第1首目

○ 大根の畑を濡らし雨が降るかつての武士の館跡の丘

は両親と一緒に花巻 に旅行して、戦国時代の我が遠祖の館跡を見に行った時のものでした。1992(平成4)年には両親と木曽路に行きました。

○ 病む母が歩ける内に来たしとて親子で木曽路の峠を越えぬ

○ 昔々桂小五郎も通りしと思ひつつ馬籠(マゴメ)の石畳踏む

 故郷・横浜 や母が好きだった鎌倉 にも、両親と一緒に行った思い出があります。

  ◎ 1999(平成11)年、ランドマーク・タワーにて

○ ランドマーク・タワーに登れば房総は峰々が分かるまでに明るし

○ 冬青きこの海見れば思ひ出づる新潟の海は灰色なりき

○ 幼きに見つつ育ちし日本海は冬の船出は思ひ難かりき

○ 日本海を見て育ち来しこの我に冬なほ青き東京湾眩し

○ 夕されば埠頭の対岸は地図に見る形そのまま明かり連なる

  ◎ 1999(平成11)年、鎌倉にて

○ 時宗公の廟所を拝めばこの国の来し方行く末かなしく思ほゆ

○ 木洩れ日に透くがごとくに黄緑の葉の揺れてをり淡々として

○ 円覚寺の茶屋に休めば目の前を灰色のリスが駈けて行きたり

○ 手を伸ばさば届かむばかりにすぐ近くリスとしばしを眼合ひたり

○ 新しき菓子リスサブレーを見つけたり鎌倉の加藤さんも知らないだらう

  ◎ 2004(平成16)年、鹿児島 に赴任する前に両親と横浜 の思い出多い行きつけのレストランに行った時

○ 行きつけのレストランのマスターが蜂蜜の缶一つくれたり

こうして拙歌を読み直してみても、両親との思い出がたくさん甦って来て、その中に母の笑顔が出て来ます。ああ、もう一度母に会いたい。幽霊でもいいから出て来て欲しい。死んじゃった なんて、思いたくないです。

◎ 母の死に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 死に近き母

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 母の葬儀&墓地

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 母の納骨

○ お母さん、会いたいよー

○ 母を偲ぶ拙歌9首

○ 母のいない正月

○ ピコピコ・サンダル-たわいもない会話のできた幸せ

○ 母の夢を見ました

○ 母の遺影を抱いて桜島

○ 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン 最終回

○ 母の墓参り

○ 今日は母の日、母さんはもういない

等々です。上述以外の、2007年の父の死や2006年11月の母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。

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