東京タワー オカンとボクと、時々、オトン 最終回
フジテレビ (鹿児島 ではKTS 鹿児島テレビ )のドラマ「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 」の最終回を見て、涙が止まらなくなりました。昨年(2006年)、母を亡くした 私にとっては元々感情移入し易くずっと見ていたのですが、最後にやはりモロ感情移入してしまい、涙が止まらなくなったのです。
特にラスト・シーンで、主人公・中川雅也が遺影の母を、生前に一緒に行けなかった東京タワーに連れて行くシーンでは、つい最近、全く同様の事情で遺影の母を、生前に一緒に行けなかった桜島に連れて行った 私にはとても他人事とは思えず、極めてよく分かる気持ちとして涙が止まらなくなりました。ドラマ「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 」の主人公にとっての東京タワーは、私にとっての桜島なのだと思いました。本当に、ドラマ「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 」の主人公の気持ちよく分かります。
自分自身は・・・あぁ・・・、生きている母を桜島に連れて行ってあげたかった・・・。そう思うと、たまらなくせつなくなります。
◎ TVドラマ「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 」の原作
○ リリー・フランキー「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(扶桑社,2005)
◎ TVドラマ「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 」に関する他のブログ記事
○ 東京タワー~オカンとボクと、時々オトン~ 最終章 - どらま・のーと
○ あるがまま・・・ 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン 最終章:涙の最期
○ THE有頂天ブログ | 東京タワー 【最終回 (第11話)】 涙の最期
○ まぁ、お茶でも: 《東京タワー オカンとボクと時々オトン》最終章
○ テレビお気楽日記:東京タワー オカンとボクと、時々、オトン 最終話 「涙の最期」 - livedoor Blog(ブログ)
◎ 母の死に関連する当ブログ内の他の日記記事
○ 死に近き母
○ 母の死
○ 母の死・その2
○ 母の葬儀&墓地
○ 母の納骨
○ 母を偲ぶ拙歌9首
○ 母のいない正月
○ 母の夢を見ました
○ 母の墓参り
等々です。上述以外の、2007年の父の死や2006年11月の母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。
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コメント
ものすごい量の情報ですね。 でも、いかに、情報がたくさんあろうとも、実際に「経験して理解する。」(孔子,曰く)
維新ふるさと館は、北海道の「北島三郎」記念館と、技術的には、タメをはってました。3Dはアピールしますよね。
投稿: canterina | 2007年3月21日 (水) 16時18分
canterinaさん、ありがとうございます。
> 実際に「経験して理解する。」(孔子,曰く)
そう、そう、そう。そこが私の最大の売りなのですよね。当ブログと拙HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
は入湯記や訪問記など実際の体験談が豊富なのが最大の特徴で売りです。
なお、個人公式HP「Noblesse Oblige カミタクの部屋」
http://www.kamitaku.com/
内の拙研究も、アクション・リサーチや(計量経済学等の実証理論経済学)など「はじめに事実ありき」の「机上の空論を排した、反証可能な仮説モデル」がうりですし、歌人としてはアララギ歌人なので「自分の実感動以外は詠めない」方法論に基づいて歌詠んでますし。「実際の体験」が、いろんな点で拙HPコンテンツの最大の売りですねー。
も一つウリがありますよー。考える力、モデル化です。学問で例えるなら、「人の言ったことを覚える」だけなら高校までの学問、自分でオリジナルなモデルを作れるか否かが研究能力まであるか否かの相違ですよね。大抵の人は、情報量や実体験については気づいてくれるのですが、「分析のオリジナリティー」については気づいてくれないので補足しておきますね。
投稿: カミタクこと神山卓也 | 2007年3月24日 (土) 08時49分