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2007年8月27日 (月)

死に近き母(過去の日記の転載)

 古い日記で恐縮ですが、某SNSに載せていてブログに載せていなかった、昨2006年10月24日の日記を、以下のとおり転載します。母が死んで、落胆のあまり心身共に衰弱して後を追うようにして数ヶ月後に父も死んでしまった今となっては、母が既に死ぬ寸前だっとは申せ、まだ父も母も共に生きていてくれた頃の日記であり、今読み返してみると、とてもせつない日記です。

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 横浜の実家の母が余命あと僅かなので、急遽今週末は横浜に帰っていました。

 うーん、現居住地(赴任地)・鹿児島(この日記執筆当時)は、やはり横浜からは遠い。

 母の病気はもやもや病という病気で、お堅い漢語系病名が多い医学の世界では珍しい和語の病名です。脳の血管が細くて「動脈が無くて毛細血管で覆われている」状態であ り、病気というか、元々生まれつきの血管の状況がそうだ、という所から始まる病気です(何でも、優秀家系に多い遺伝病だとか)。脳の血管が細いだけならば 最初は発病しないのですが、血管が細い所を無理矢理にどでかい赤血球が通ることを何年も繰り返した結果、脳出血に至りますので、現象的には脳出血として現 れることが多いようです。子供の内に死ぬことも多いのですが運良く成人できた場合に、成人後に発病(というよりは、厳密に言えば表面化)すると脳出血にな ります。血管が破れても、動脈等とは異なり血管が細くて手術不可能なので外科治療が行えなえず内科治療しか行えないため、難病の内の一つです。

 母は元々四半世紀前から脳出血で倒れてはリハビリの末復活するということを繰り返していたのですが、6月に脳出血と脳梗塞(現象的には真逆です が、「赤血球が通るには血管が細すぎる」という元々の理由は同じ)とを併発して倒れてからは「脳出血と脳梗塞による脳損傷」状態から復活できず、それ以来 体は動かず口がきけず、意識はあるのですがコミュニケーション取れないという点では植物人間同様の状態が続いています。体も衰弱していて肺炎を併発し、い よいよ衰弱死を迎えつつあります。いろいろと多忙で今まで横浜に帰れなかったのですが、先々週ようやく帰ることができ、その時の(単に脳だけでなく)体の 衰弱の凄さに驚いていたところ、医師から「あと1ヶ月」と父が告げられたため、あわてて2週間連続の帰省となりました。

 急な時に駆けつけられないという点で鹿児島横浜からはやはり遠いと思います。私は、男の子には珍しい自他共に認めるファザコンで子供の頃から父親っ子だったのですが、やはり母のことは好きなので、とても悲しく切ないです。今思えば、昨年まだ母が動ける内に、両親を鹿児島の観光に誘って連れてきてあげて良かったと思います。丁度、帰省していた10月21日は、その1年前(2005年)に職場の先輩から貰った券を私が両親に 送って父母が歌舞伎を楽しんだ日なのですが、父にとっては忘れられない日だったらしく、あれから1年でこんなになっちゃって・・・と父は悲しんでいまし た。

 歌人でもある私は、齊藤茂吉の「死に近き母に添い寝のしんしんと・・・」等の歌をつい想起してしまいますが、茂吉は母の死に目に会えたのでしょ うが、私は実家から遠く離れて住んでいるため、母の死に目には会えないかも知れない、と覚悟を決めております。でも・・・今回の帰省が「今生の別れ」には ならないで欲しい、と切実に思います。

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 この日記を書いた数週間後の2006年11月11日(土)、とうとう母が死んでしまいました


◎ 関連する、当ブログ内の別の記事

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 母の葬儀&墓地

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 母の納骨

○ お母さん、会いたいよー

○ 母を偲ぶ拙歌9首

○ 母のいない正月

○ ピコピコ・サンダル-たわいもない会話のできた幸せ

○ 母の夢を見ました

○ 母の遺影を抱いて桜島

○ 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン 最終回

○ 母の墓参り

○ 今日は母の日、母さんはもういない

等々です。上述以外の父や母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。

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