今度は父の死亡
今度は父が死にました。私はこれから急いで、新赴任地・名古屋から横浜に帰ります。つい先週、ちょうど一週間前に新赴任地に引っ越した時に電話した時には生きていてくれていたのが嘘のようです。鹿児島よりは近くなったので、これからは頻繁に会いに行けると思っていた矢先でした。
仲の良い夫婦だったことと、母の在宅看護を無理に強行しての疲弊とのために母の死後、父は心身共にやつれて弱ってしまい、いわゆる孤独死かつ衰弱死でした。母をなくして以来、うつ病にもなっていた模様です。名古屋転居時に電話で話をしてから一週間の間のことです。母の時と同様に、死に目には会えませんでした。
兄弟がおらず、売れ残っている私は、私は、とうとう独りぼっちになってしまいました。ほんのわずか二年前に両親が鹿児島に遊びに来てくれて、楽しい時間を過ごしたのに、わずか一年余りの間にどちらもいなくなってしまいました。わずか二年前まではみんな元気で幸せだったのに・・・。
◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事
○ 今度は父の死亡
○ 父の死の状況
○ 父と晩酌
○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか
○ 今日は納骨日
○ 讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店
○ 父の孤独死
等々です。上述以外の父や母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。
◎ 父の死に関する、他のブログ記事
○ 大関直隆の"Live and let live.": 父の死
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コメント
どうか 今は という お父様お母様 いつも一緒なんでしょう 主さんは一生懸命頑張れたようで 今 現在 お元気でいらっしゃることを 願います
投稿: ひで | 2009年3月11日 (水) 14時40分
すみません。 迷いの自分が何もわからないのに 検索をして たどり着いたところに自分勝手な思いのまま投稿してしまいました。投稿したことがないので マナーも知らず 投稿してしまったことを悪いと 申し訳ないと思う気持ちいっぱいです。すみませんでした。
投稿: ひで | 2009年3月13日 (金) 19時21分
ひで様、コメントありがとうございます。
どうぞ、お気になさらずにお願いします。
投稿: カミタクこと神山卓也 | 2009年3月15日 (日) 17時27分
私は、2007年2月17日に母を亡くしました。思わずこのサイトに立ち寄らせて頂き、言葉の一言一言が自分のことのように胸に突き刺さります。
本当にこればかりは、実際に自分の身に起きた者でないと、その痛みはわかりません。
私も一人娘で、独身。
性別は違えど、同じ不安を持っています。
共に頑張りましょう!!
投稿: downhill | 2009年4月19日 (日) 05時19分
私は、2007年2月17日に母を~
↑
2009年2月17の入力ミスです。
スペースとってすみません。
投稿: downhill | 2009年4月19日 (日) 05時22分
downhill様
コメントありがとうございます。ブログも拝読しました。
お母様を亡くされたとの由、お悔やみ申し上げます。おっしゃるとおり、この痛み、悲しみ、苦痛は、味わった者にしか分からないですよね。
私は、両親共に死に目に会えなかったことや、転勤族で別居していたこともあり、未だに「アタマでは分かっていても心で認めたくない」思いがあり、ついつい実家に電話してしまいます。電話をすれば両親が出て来てくれた昔・・・当時はそれが当たり前のように思っていましたが、今思えば、どれだけありがたかったことかということを実感いたします。
投稿: カミタク | 2009年4月23日 (木) 23時23分