辛くても頑張って生きなければ
暑くて倒れそうだと、つい、いっそこのまま熱中症で倒れてしまえば亡父や亡母の所に行けるかもしれないなどと、あらぬことを考えてしまいがちです。でも、亡父との或る会話を思い出して踏みとどまります。
小学校一年生の時に私は「はみ出しっ子」だったので、知恵遅れだと疑った担任教師から特殊学級に入れられそうになったことがあります。母は、その教師に逆らって或る研究所で私を検査して貰った結果、むしろ知能が高過ぎてはみ出していた旨が判明し、特殊学級入りをかろうじて免れました。これは自慢で言っているのではなく、その教師の凄まじい「迫害」のために我が学校生活のスタートラインは暗くて辛くて悲惨なものでした。
父に言わせれば「あの時せっかく母が必死になって守ってくれたのだから、子供ができなきゃ駄目じゃん」ということになるのですが、その父も失った今日では、「せっかく両親がここまで守ってくれたのだから、死んだら駄目じゃん」ということになります。いま私が後を追うようにして死んだら、亡父も亡母も悲しむでしょう。
だから、あの世の両親に会いたくても自分があの世に行くのは我慢して、独りぼっちで辛くても頑張って生きていかなければいけないと、その会話を思い出しながら自分に言い聞かせます。暑くても、「いっそのこと熱中症に」などと思ってはいけないのです。
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