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2007年9月30日 (日)

良き顧客サービスとは

良き顧客サービスとは
9月28日に、高知工科大学大学院起業家コースでの博士学位授与式の帰りのバスの話です。

香美市土佐山田(旧・土佐山田町)にある工科大正門前のバス停発のバス(確か、土佐電バスだと思います)は、はりまや橋など高知市中心部まで行くのですが、1時間ぐらい時間がかかります。

私がバスに乗り、出発前の時間に高知市内の下車バス停について訊いていたところ、バスの運転手さんが、そのバスはJR四国・土讃線の土佐山田駅に寄り、その時間だと丁度列車が来るので、そこで乗り換えて列車で行った方が早い旨を教えてくれました。

お客さんに高知市内まて乗って貰い続けた方が儲かるのに、お客様の立場に立って情報を流して下さる・・・真の顧客サービスだと思いました。

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両親に会いに行きました(墓参り)

両親に会いに行きました(墓参り)
両親に会いに行きました(墓参り)
両親に会いに行きました(墓参り)
昨日までの日記で述べたとおり、高知工科大学大学院起業家コースでの学位授与式の後、今は亡き両親の思い出を偲んで高松に立ち寄ってからお洒落な寝台特急・サンライズ瀬戸で故郷・横浜の実家に帰って来ました。高知から名古屋に帰るのに横浜に寄るのは遠回りですが、思い出のサンライズ瀬戸に乗って、霊園に眠る両親に会いに行きたかったのです。

位牌に線香をあげて暫く休んだ後で、生前の亡父や亡母とよく行った、思い出の店・デニーズでモーニング・セットを食べて、墓参りに出かけました。母の死後、母の墓参りに行く際に母の思い出話をしながら生前の父と一緒に乗ったバスに乗ります。父と思い出話をしたこと自体が思い出になってしまった今日、父を失った悲しみが胸を突き上げます。

バス停を降り、かつて亡父と連れタバコした場所でタバコを吸います。もう、隣りに父はいません。雨が降っていたし高知経由で荷物が重いのでタクシーを拾い、霊園に行きました。

お彼岸に行けなかったので、先々週の父の納骨で父が母と共に眠るようになって以来、初めての墓参りです。ありがたいことに、誰か墓参りに来て下さった方がいて花がありました。

お父さん、お母さん、会いに来たよ・・・。話しかけた瞬間に涙が止まらなくなりました。同じ墓地に眠る、小学校時代の恩師の父君のお墓にもお参りし、GW帰省時に母の墓参りに来た時に生前の父と連れタバコした思い出のあずまやで一服した後、再び我が家の墓に戻っていろいろなことを両親に報告しました。涙ボロボロです。

写真の父は、生前GWに一緒に墓参りに来た時のもので、無人のものは、同じ場所で今日写したものです。

今日は赴任地・名古屋に戻ります。霊園に眠る亡父と亡母に会えて、良かったと思います。



◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 今度は父の死亡

○ 父の側にいられる最後の夜の夜中

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 父の死の状況

○ 父と晩酌

○ せっかく名古屋に赴任して来たのに

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 今日は納骨日

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店

○ 亡き両親との思い出のサンライズ瀬戸

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

等々です。上述以外の父や母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。

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2007年9月29日 (土)

亡き両親との思い出のサンライズ瀬戸

亡両親との思い出のサンライズ瀬戸
亡両親との思い出のサンライズ瀬戸
亡両親との思い出のサンライズ瀬戸
亡両親との思い出のサンライズ瀬戸
亡両親との思い出のサンライズ瀬戸
昨日から今日までの他の日記で述べたとおり、高知工科大学大学院起業家コースでの学位授与式の帰りに、今は亡き両親との思い出を偲んで高松に立ち寄っています。

1999年に徳島脇町に両親と一緒に行った帰りに乗った、豪華でおしゃれな寝台特急電車・サンライズ瀬戸に乗っています。サンライズ瀬戸は、電車自体も好きだし、両親との思い出もあるので大好きな列車です。

かつては亡父や亡母と一緒に乗ったのに、今は独りぼっち・・・。悲しくてせつないです。

私はこれから、このサンライズ瀬戸で、両親の位牌が待つ横浜の実家に向かいます。博士論文を直前まで赴任地・名古屋で書き直していたため、お彼岸にお墓参りに行けなかったので、時間に余裕があったら墓参り、無くてもせめて実家の位牌に手を合わせる所存です。



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○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 今日は納骨日

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店

○ 亡き両親との思い出のサンライズ瀬戸

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

等々です。上述以外の父や母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。

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讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店

うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店
うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店
うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店
うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店
昨日の高知工科大学大学院起業家コース博士学位授与式の帰りに今日、高松に立ち寄っています。高松に立ち寄った理由は、今は亡き両親との思い出を偲ぶためです。
母方の祖父は徳島県脇町の生まれなので、東京だけでなく脇町にも祖父と祖母の墓があるので、私今まで二回、生前の両親と一緒に脇町に行ったことがあります。本州から脇町だと、徳島市よりも高松市経由の方が交通が便利なので、二回共高松経由でした。
1999年8月、二回目に脇町に行った際に、帰りにタクシーの運転手さんから教えて貰ったおいしい讃岐うどん屋と、その後で列車発着時間まで時間潰ししたホテルの喫茶店が、両親との思い出として懐かしくて再訪したかったのです。
うどん屋はうろ覚えですが、多分、駅前の味名登屋という店です。内装も恐らく記憶どおりです。ホテルの喫茶店は、間違いなくホテル・ニューフロンティアのマ・メゾンです。
あの時は、「いい店見つけたね。今度来たらまた寄ろうね。」と親子で話していました。その後、再訪する機会無く、昨2006年11月に母が、後を追うように先月に父が死んでしまいました。
前回ここに来たのは、わずか8年前のことです。丁度、喫茶店で前回座っていたのと同じ席に座っています。でも、前回は一緒にいてくれた亡父も亡母も天国に行ってしまい、独りぼっちでコーヒーを飲んでいます。
悲しくて寂しくて切なくて、涙がこぼれます。叶うならば、両親と一緒にここにいた時に戻りたいです。

 

後日補足:ホテル ニューフロンティアも讃岐うどん店「味名登屋」も、後に閉店してしまいました。詳しくはこのリンク先(後日の拙日記)

 



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牧野植物園や五台山竹林寺のことなど

牧野植物園や五台山竹林寺のことなど
牧野植物園や五台山竹林寺のことなど
牧野植物園や五台山竹林寺のことなど
昨日午後から今日午前中は、高知市内観光をしていました。昨日、高知工科大学大学院起業家コース学位授与式に出て用事が済んだので、暫くは来る機会が無いでしょうから、これで見納めのつもりで周りました。見納めかもしれないと思うと、おセンチな気分になります。
昨日は、県立美術館と土佐電鉄(路面電車)と、三翠園というホテルの温泉を楽しみました。今日は、五台山展望台、四国八十八カ所霊場の一つ・五台山竹林寺牧野植物園寺田寅彦記念館です。
昨2006年死んだ亡母や先月死んだ亡父が、植物園や寺社巡りが好きだったので、生きていてくれて連れて来られたら喜んでくれただろうなぁ、と思うと切なくなりました。
写真は竹林寺の五重塔と、牧野植物園の中の情景です。牧野植物園の喫茶店にいると、両親の生前に、今は閉館してしまった横浜プリンスホテルの喫茶店に一緒にいたことを思い出して涙がこぼれます。それは、わずか一年半前のことなのに、今は横浜プリンスホテルは無く、両親は死んでしまいました。私が幸せだった頃の最後の思い出です。



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2007年9月28日 (金)

博士の学位を貰えました。

博士の学位を貰えました。
博士の学位を貰えました。
博士の学位を貰えました。
博士の学位を貰えました。
今日は、所属する社会人向け大学院・高知工科大学大学院起業家コースの学位授与式に出るべく、会社から休暇を貰って高知に来ております。

直前まで論文書き直ししたりしてかなり苦労しましたが、なんとか無事に博士(学術)の学位を貰えました。

論文のテーマは鹿児島を事例にしての地域産業振興です。具体的な論題は


○ 拙博士学位論文「地方都市の地域産業振興 - 産業構造の変化に対応していかに地域が生き残るか:鹿児島の観光食料産業クラスターと創業支援を例にして -


です(上述論文リンク先は、高知工科大学学術情報リポジトリの拙学位論文(PDF形式)掲載ページ)です。

そのサブ・テーマの一つである、「SEM(検索エンジン・マーケティング)による訪問営業型プロモーション・モデル」に基づく、拙HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」を用いての鹿児島観光PRの「地域のマーケティング」については、

○ 拙共著:高知工科大学大学院起業家コース著『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント』((株)ケー・ユー・ティー発行,丸善(株)出版事業部発売,2006/12/10)

の拙担当章・「第六章 ネットワークで行う地域マーケティング」でご覧いただくことができます。また、他のサブ・テーマも含めては、以下のリンク先の、共著中の拙担当章や過去の学会報告等の、過去の拙研究の内容も盛り込んだ集大成となっております。


 

木の葉、売ります








 

IT活用で地域が変わる








 

デジタルストラテジー








 

経済成長理論入門








 

クローズド・ワールド








 

・ 神山(2004)「新世紀の地域産業振興」2001-2002年度私立学校振興・共済事業団大学院重点特別経費補助金助成研究『地域社会とIT』報告書拙担当分,東洋英和女学院大学,計38頁.

・ 神山(2005a)「鹿児島における人口変化と域内人口移動」OA学会『オフィス・オートメーション 第51回全国大会予稿集』,pp.209-212

・ 神山(2005b)「第1章 地域産業の振興とIT」『IT活用で地域が変わる 地域活性化・危機管理』,ぎょうせい,pp.15-41

・ 神山(2005c)「新川崎K2(ケイ・スクエア)タウンキャンパスの事例研究 ― 産学官連携型産業振興を目指して ―」OA学会『オフィス・オートメーション 第50回全国大会予稿集』,pp.117-120

・ 神山(2006a)「第六章 ネットワークで行う地域マーケティング」共著:高知工科大学大学院起業家コース著『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント』,(株)ケー・ユー・ティー発行,丸善(株)出版事業部発売,pp.145-178

・ 神山(2006b)「ソフトプラザかごしま及びソーホーかごしまに関する事例研究」OA学会『オフィス・オートメーション 第53回全国大会予稿集』,pp.7-8

・ 神山卓也(2007)「地方都市の地域産業振興 - 産業構造の変化に対応していかに地域が生き残るか:鹿児島の観光食料産業クラスターと創業支援を例にして -」  高知工科大学大学院工学研究科基盤工学専攻(起業家コース)博士学位論文.

・ 神山(2008a)「「営業のスタイルと場のモデル」に基づく,WEB2.0における「SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル」の概要」『日本情報経営学会 第56回全国大会予稿集』,pp.85-88

・ 神山(2008b)「「地域のマーケティングにおけるITと経営革新-SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル 」『日本情報経営学会誌』,Vol.29,No.1,pp.22-29
(powered by CiNii(NII論文情報ナビゲータ)..)

・ 神山(2008c)「鹿児島県における地域ブログ・ネットワークと地域SNS」『日本情報経営学会 第57回全国大会予稿集』pp.127-130

 

写真は、学位記と、キャンパス内の情景です。猫はキャンパスにいた猫で、猫が好きなので写してしまいました。まだ子猫です。もっと小さな子猫もいました。かわいそうに、母さん猫とはぐれちゃったのでしょうか?。昨年から今年にかけて相次いで両親を失った私は、思わず、この子猫達に感情移入をしてしまいました。


 

◎ 当ブログ内の高知工科大学大学院起業家コースに関する他の日の日記

○ 高知工科大学大学院起業家コース著『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント 』:拙新刊(共著)

○ 高知工科大大学院起業家コース集合セミナー

○ 博士の学位を貰えました。

 

 

◎ 高知工科大学に関する他の方のブログの記事

○ ●●松本朋子のカスタマー・ハピネス【顧客幸福】●●:高知工科大学 - livedoor Blog(ブログ)

○ 高知工科大学 社会人修士2期生: 経済特区

○ ナチュラル・スロウ・ライフ:高知工科大にて - livedoor Blog(ブログ)

 

 

温泉天国・鹿児島温泉紹介!

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2007年9月15日 (土)

無事、父の納骨が終わりました。

無事、父の納骨が終わりました。
無事、父の納骨が終わりました。
無事、父の納骨が終わりました。
無事、父の納骨が終わりました。昨2006年に母を亡くして以来、心身共に急速に老化が進んだ程に母を愛していた亡父の遺骨は、最愛の亡母のいるお墓に入って行きました。平成の始め頃、生前の母と私が気に入って購入した、亡母が大好きだった、横浜南部にある気持ちの良い公園墓地です。
今年(2007年)のゴールデンウイークに、当時赴任していた鹿児島から故郷・横浜帰省した際に父と一緒に墓参りして以来、足が衰えて自力では墓参りできなくなっていた父を、その後帰省できずに連れて行ってあげられなかったので、父にとっては久し振りの亡母との再会です。生前と同様に、これからは父はずっと母と一緒です。
併せて、2001年9月11日、丁度、全米同時テロがあった日に病死と言うか、老衰と言うか、94歳で大往生した祖母の七回忌の法要を行いました。祖母が死んだ、わずか6年前には元気でいてくれた両親は今やこの世におらず、私は独りぼっちで取り残されてしまいました。
亡父が亡母と老後を暮らした懐かしい我が家に、位牌となった父が無言の帰宅をしました。いつもならば私と一緒に帰ってくれていた父も母も、相次いで死んでしまって、もうこの世にいません。とても悲しいです。時間を取り戻せるならば、両親が生きていてくれた頃に戻りたいです。



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今日は納骨日

今日は納骨日
今日は納骨日
今日は亡父の納骨日で、故郷・横浜に帰っています。実家に普段いられないため、寂しい思いをせずに済むように菩提寺・天然寺に預かっていただいていた遺骨を受け取り、霊園に着きました。
あとしばらくすると、大好きな父は冷たい墓の下に入ってしまいます。身を引き裂かれるように辛いです。
昨2006年に死んだ亡母と無事にあの世で父が再開できるように送り出してあげなければならないのですが、まだ、父の死を信じたくない気持ちです。



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2007年9月 4日 (火)

1ヶ月前の今夜

1ヶ月前の今夜
1ヶ月前の今夜、厳密に言えば早朝、父は心筋梗塞で独り寂しく死んでいきました。そしてその時私は、父の身に何が起きていたのか気づいてさえいませんでした。
ああ、大好きな父を孤独死させてしまった・・・。実家に電話しても父はもう出てきてくれません。
お父さん・・・夢の中でも幽霊でもいいから話がしたいよ。声を聞きたいよ。お願い、電話に出てきてよ。



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2007年9月 1日 (土)

ようやく夢で両親に会えた

 書き直しになってしまった博士論文仕上げなければならないのですが、眠くなってしまったのでウトウトと居眠りしていたら、夢に亡父亡母が出て来てくれました。

 先月・8月5日に父が死んでから、せめて夢でいいからもう一度会いたいと思っていたので、多分、不憫に思ってくれたのでしょう。

 夢の中でも両親が死んでいることを私は認識していて、幽霊のまま戻って来てくれて一緒に家族団らんの食事をしている情景でした。私には、会えないまま死んでしまった父が、寂しがっている私に別れを告げに来たような気もしましたが、夢の中では悲しくはなく、会いに来てくれたことが、とてもうれしかったです。

 むしろ目が覚めてしまってから、目覚めてしまったことが悲しかったです。

 お父さんお母さん、夢に出て来てくれてありがとうございます。居眠りして遅れてしまった博士論文作成頑張らなきゃ。



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