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2007年10月29日 (月)

両親と歌舞伎にはもう行けない

 

 10月11日の日記に書いたとおり、一昨年・2005年の10月21日には、拙職場の先輩がくれたチケットで両親は歌舞伎を楽しんでいました。その頃私は、当時の赴任地・鹿児島で休暇を取って屋久島に行き、憧れの秘湯・平内海中温泉や、屋久島いわさきホテルJRホテル屋久島尾之間温泉などの温泉や、ヤクスギランド白谷雲水峽ボタニカル・リサーチ・パークなどを楽しみ、屋久島のお土産を横浜の 実家に送ったら亡母に喜んで貰えたのでした。旅行先のお土産を送ると亡母は必ず御礼(兼)近況報告のハガキをくれ、それがちょっとした楽しみでした。電話 をかけたら、歌舞伎がとても楽しかったと、亡父も亡母も興奮して話してくれました。・・・私にとっては、とても幸せな日々でした。

 その翌々月、後に2006年11月11日の死に至る、もやもや病に起因する脳溢血の発作で母が倒れて正月に帰省した時には入院していました。一旦は回復して喜んだのも束の間、2006年6月には今度は、もやもや病に起因する脳梗塞で母が再び倒れて、意識はあるがしゃべれず動けない状況に陥り、衰弱して同年11月11日に死んでしまいました。母が死ぬ直前、丁度2006年10月21日に帰省していた時に父は、「わずか一年前に一緒に歌舞伎を楽しんだのが嘘のようだ」と嘆いていました。

 そして今度は、母の在宅看護で体力を消耗したことに加えて、母の死の気落ちで急速に老化が進んでいた父が、まるで愛しい妻(=私の母)の後を追うようにして、心筋梗塞で死んでしまいました。転勤族の私はそばにいてあげられず、大好きな父を孤独死させてしまいました。発見されないまま3日間、父はさぞや寂しがったであろうと思います。

 わずか2年前、わずか2年前、あんなに家族は幸せだったのに・・・。そして、もう十数年前になりますが、歌舞伎座や浅草に私も一緒に歌舞伎を見に行った時もあったのに・・・。もう、家族が揃っていて幸せだった日々は二度と戻って来ない。両親と歌舞伎を楽しむ機会は二度と来ないし、旅行してもお土産を送る実家に両親はいないし、母からハガキが戻って来ることも、これからは無い。両親が歌舞伎を楽しんで2年が過ぎ、失ったものの大きさに耐え難く思います。父や母に会いたい、切実にそう思います。

 母の死から約1年、父の死から約3ヶ月、私の悲しみは癒えることがありません。わずか二年前の幸せだった日々・・・今の心境を夢にだに想像することすらできなかった当時に、戻れるものなら戻りたいです。そしてもちろん、それより前の両親がまだ生きていてくれた時期にならばいつでも、戻れるものならば戻りたいです。

◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 今度は父の死亡

○ 父の側にいられる最後の夜の夜中

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 父の死の状況

○ 父と晩酌

○ せっかく名古屋に赴任して来たのに

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 今日は納骨日

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店

○ 亡き両親との思い出のサンライズ瀬戸

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

等々です。上述以外の父や母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。

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2007年10月11日 (木)

お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

本年(2007年)8月5日に死んだ亡父の遺品の中に、横濱タウン新聞・アカデミア港南台主催の「講師と行く歌舞伎観劇・舞台裏見学ツアー」に申し込んだ書類一式が出て来た旨は、既に8月16日の日記に書いたとおりです。

今日は当日です。席はキャンセルせずにアカデミア港南台の担当の方に亡父と亡母の遺影を預かっていただき、亡父と亡母とを連れて行っていただいた筈です。舞台裏を見られるツアーで生前の父は楽しみにしていたの由です。天国に行ってしまった父も今日、国立劇場に天国から降りてきて、歌舞伎観劇を楽しんでくれただろうか・・・と思います。

8月16日の日記に書いたとおり、亡父と亡母は歌舞伎が大好きで、会社の先輩から貰った歌舞伎の券をプレゼントして、2005年10月21日に2人で見に行った、国立劇場公 演「操花鳥羽恋塚」は、亡母がまだ元気だった最後の時期の夫婦デートの思い出として晩年の父には忘れられない大切な思い出になっていました。早いもので今 思えば、その夫婦デート歌舞伎観劇は、既に一昨年のことです。昨2006年10月に母が心配で実家に帰った時には、死を迎えつつある母の在宅看護をしなが ら、「1年前、一緒に歌舞伎を見に行った時はあんなに元気だったのに」と父は嘆いていました。その翌月、昨年(2006年)11月11日(土)に母が死に、後を追うようにして今年(2007年)8月5日(日)に父が死に、父も母もいなくなってしまいました。

丁度、今日の場所は、父にとっては亡母との思い出の場所である国立劇場です。お父さん、お母さんとの久し振りの歌舞伎、今日は楽しんでいただけましたか?。できれば生きて今日の観劇をしたかったであろう、遺影の父に話しかける夜です。

後日補記:横濱タウン新聞HP内の「編集室のこぼれ話」欄に、この歌舞伎観劇ツアーの模様が載っています。遺影の両親も楽しんで貰えた模様で、亡き両親についてもコメントしていただけました。どうもありがとうございます。



◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事

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○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 今日は納骨日

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店

○ 亡き両親との思い出のサンライズ瀬戸

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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2007年10月 6日 (土)

二度と戻って来ない情景

この日記は、本当は2007年8月16日(木)に書いたものですが、編集している内に操作ミスで何故か10月の日付で索引付けされてしまったものです。編集不可能な状況で8月16日のガラも残っているようですので、多分、ディレクトリ・エントリのような索引インデックスがあって、ポインタが切れてしまったものと推測します。

=====[↓日記本文]=====

忌引きを延長させていただいた理由は、役所の窓口が開いている平日にしかできない、父の死に伴う事後処理が終わっていないためですが(言い訳モード)、窓口タイムアウトが早いので「定時退社」状態です。昨2006年に母が死んだ時には父と役割分担していたのですが、前回の父の分に加えて、前回には無かったタスクまであって、もう、大変です。
夕方の買い物をしていたら雨が降って来たので、生前の両親の馴染みだった喫茶店で雨宿りしています。この店は生前の両親と一緒に、今は無き横浜プリンスホテルフラワー・プロムナードに行った際に立ち寄った思い出の店です。
父が写して未現像だった使い捨てカメラがあったので一本現像して、この店で見てみました。写した亡父も見ていない写真です。その写真には、横浜の名園・三溪園と、複数日に渡るフラワー・プロムナードが写っており、生前の亡母も写っていました。わずか一年前の春の情景です。
2006年春当時の母は、もやもや病に伴う脳溢血の発作で前年2005年12月に倒れて入院した後、一時退院してリハビリしながら通常生活を送っていた頃で、両親にとっては、幸せだった正に最も最後の時期です。昨2006年6月20日には母は、後に死に至る最後の、脳梗塞発作で倒れて身動き不可能な状況に陥りましたので、昨年春の、母が動けていた最後の時期の写真を亡父の遺品未現像フィルムの中から見つけると、せつないです。ましてそれを、晩年の両親との思い出の店の中で見ると、思わず悲しくて耐え難い心境になります。
その写真には、母の死後の日付で、閉館後の解体工事途中の横浜プリンスホテルの写真も写っていました。同ホテルのフラワー・プロムナードでの亡母との思い出に対する亡父の思いを思う時、ホテル解体状況を写した父の心中は察するに余りあるものがあります。
この写真は、見ているだけで悲しくなります。



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○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

等々です。上述以外の父や母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。

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父の孤独死

昨日・10月5日は、本年(2007年)8月5日(日)に父が急死してから2月目の月命日です。早いもので、父が死んでから既に2ヶ月が過ぎてしまいました。

それまでは、独居老人の孤独死などという話題を聞くと「なんて残酷な」と思っており、まさか自分が、最愛の自分の父を孤独死させてしまうとは夢にだに思っておりませんでした。ところが、昨2006年11月11日(土)に母が死ぬと、「毎日の散歩でさえデート状態で、父曰く自称『両濡れ落ち葉』」な程に仲の良かった母を失って気落ちしてしまい、日々急速に心身共に老化が進んだ父が、心筋梗塞で孤独死してしまったのです。

父の死の前の週まで転勤で鹿児島に赴任していた私は同居可能な状況では無く、丁度、8月1日に名古屋に転勤になり、鹿児島よりも故郷・横浜に近くなったので、「息子が近くに戻って来た」と父が喜んでくれていた矢先のことでした。正に、近く(と言っても新幹線で1時間以上の距離ですが)に戻って来て、これからは父が心配なので帰省頻度を増やせられると思っていた矢先に、名古屋に赴任して来た週に父に死なれてしまった訳です。

私にとって鹿児島は、生前の亡父と亡母が遊びに来てくれたのが最後の家族旅行の思い出の場所になった所であり、その両親との思い出の場所から異動するのは悲しかったのですが、とは申せ、実家のある横浜に近くなって、十分な親孝行ができなかった亡母の分まで父に親孝行しようと思っていました。親が死んだ際に近くにいられないのは転勤族の宿命とは申せ、近い都市に着任したその週に死なれたのは無念であり、悔しいです。

全然心の準備もできていなかったし、悲しいし悔しいし、そして寂しいです。何かの間違いであって欲しい・・・と今でも思います。若い頃から結婚願望があったのに売れ残ってしまって独身の私は、わずか1年前は両親が揃っていて3人家族だったのに、天涯孤独の独りぼっちになってしまいました。大好きだった父も母も、もうこの世にはいません。そして、最後の瞬間にそばで見守ってあげること叶わず、大好きな父と母に対して親不孝な見送り方をしてしまいました。特に父の場合には孤独死をさせてしまったので、単に悲しいだけにとどまらず、極めて強いショックから今だに立ち直れておりません。

父を孤独死させてしまった・・・。べらぼうに辛いです。今回の名古屋への異動は、急速に父の老化が進む中で少しでも横浜に近い街に異動させて下さったという、前任地・鹿児島での上司の配慮があったのではないかと推測しているのですが(注:事実ではなく推測です)、転勤したその週に孤独死させてしまったので、その上司のせっかくの好意も活かすこと叶わず、元・上司に対しても申し訳ない思いでいっぱいです。

もう一度、父の声を聴きたい。もう一度、母の声を聴きたい。幽霊でもいいから会いたい。夜、眠ったら夢の中に出て来て欲しい。息子の転勤を喜んでくれたその週に独りぼっちで死んでいった父・・・。さぞや寂しかっただろう・・・。お父さん、孤独死させちゃってごめんなさい。ああ・・・私は・・・大好きな父を孤独死させてしまった・・・。

北海道江別市で市議会議員をやっている旧友・つのだ一さんが、今回の拙亡父の件を機に自分の街での孤独死対策を政策課題として採り上げてくれるようになりました。そんな形でもこの悲劇の再発防止策が少しでも進むのなら良いことなのだと思います。が、例えば拙・亡父の場合には東京・山の手生まれであることもあり、「近所づきあいは希薄で済む首都圏のマンション暮らしを居心地良く思う」性格だったため、つのださんご自身がブログで指摘しているとおり、プライバシーの問題との兼ね合いが難しいのではないか、という気もいたします。「近所づきあいは、もちろん拒絶はしないが、でも必要最小限にしたい。」という父や私のような都会っ子のプライバシー上の問題と「地域社会の関わり」とは二律背反的であり難しいテーマです。父の場合には遺体を発見して下さったのが介護士の方なので、正に行政上のネットワークで事後には対応可能なのかも知れません。

命日を機に気持ちの整理をしてみようと思いましたが、ほとんどは、今まで書いた気持ちを繰り返すだけの状況です。父が死んで以来、気持ちの上では時間が止まってしまったのかも知れません。



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○ 父の孤独死

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◎ 「孤独死」に関する他のブログの記事

○ つのだ一 活動日誌: 孤独死

○ ★現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」 少子化社会に激増する孤独死

○ ★現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」 現実の物語「独居老人の孤独死」

○ ★現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」 急増する孤独死に対する取組

○ ★現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」 孤独死の年齢は?

○ 極東ブログ: 孤独死問題への違和感

○ 駄猫の時事放談  高齢者の孤独死

○ 考える:孤独死について - PSP 活用記録 - Yahoo!ブログ

○ 煩悩是道場 - 常盤平団地孤独死問題

○ 志の輪、広げよう。:  孤独死を考える

○ So-net blog:ぼやきまくりの日々:老人の孤独死

○ 宮田歯科池袋診療所のブログ: 警察歯科医会

○ ねこちゃんち★育児と育自★  この一ヶ月

○ 父が死んだ日 - サイレント・マイノリティ - 楽天ブログ(Blog)

○ 福岡県弁護士会 弁護士会の読書: ひとり誰にも看取られず

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両親の死に関する日記の目次

両親の死に関する日記を整理するべく、目次を作りました。



◎ 亡父と亡母の死を悲しんで書いた、当ブログ内の記事の目次



◎ 1/5 母の死(2006年)

○ 死に近き母(過去の日記の転載)

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 母の葬儀&墓地

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 母の納骨

○ お母さん、会いたいよー

○ 母を偲ぶ拙歌9首

○ 母のいない正月

○ ピコピコ・サンダル-たわいもない会話のできた幸せ

○ 母の夢を見ました

○ 母の遺影を抱いて桜島

○ 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン 最終回



◎ 2/5 母のが死んでから後も、父がまだ生きていてくれた時期(2007年前半)

○ ショック!大切なお酒が・・・(過去の日記の転載)

○ 横浜の桜(過去の日記の転載)

○  思い出の場所が焼けちゃった(浜マーケットの火事)

○ 母の墓参り

○ 浜マーケットの現状

○ 鹿児島ブランド頑張ってます。

○ 今日は母の日、母さんはもういない

○ 鹿児島での亡母との思い出の場所のHP掲載

○ うぇーん、鹿児島・・・鹿児島・・・



◎ 3/5 父の死(2007年)

○ 今度は父の死亡

○ 父の側にいられる最後の夜の夜中

○ お父さん、許して

○ 母の遺影の焼き増し

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 父のお通夜が終わりました。

○ 独りぼっちの朝

○ 告別式と無言の帰宅

○ 父の死の状況

○ 父と晩酌

○ 親父のバカヤロー

○ 8日見た夢の中の父

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父の遺骨を菩提寺に

○ 一週間前の今頃父は

○ 父との思い出のバス路線

○ せめて妄想で父と朝食

○ 父とはもう食べられないバーミヤン・ラーメン

○ 父の痕跡が消えてしまう・・・

○ どこに行っても両親が思い出されて悲しい

○ お父さんに会いたい

○ 父が生きていてくれた時がだんだん遠くなってしまう・・・。

○ 独りぼっちの戸籍謄本

○ 亡父と亡母が好きだった店

○ せっかく名古屋に赴任して来たのに

○ 辛くても頑張って生きなければ

○ 新横浜駅の待合室がせつない

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ その時近くで119番通報できていれば

○ 二度と戻って来ない情景

○ あの頃、両親共に生きていてくれたのに

○ 父の死の事後処理なんとか一段落

○ お母さん、会いに来たよ

○ かつて亡父や亡母と暮らした札幌

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ 名古屋帰行



◎ 4/5 両親を偲ぶ日々

○ やはり、何を見ても辛く悲しい

○ 亡父や亡母の思い出のかごしま水族館が、名古屋でも放送されていました

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ ついつい実家に電話してしまう

○ ようやく夢で両親に会えた

○ 1ヶ月前の今夜

○ 今日は納骨日

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 牧野植物園や五台山竹林寺のことなど

○ 讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店

○ 亡き両親との思い出のサンライズ瀬戸

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の死亡叙勲

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ 鎌倉のこと、叔母の墓参りのことなど

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 城山観光ホテル、温泉もあって最高じゃっど!(今は亡き両親との思い出の場所再訪)

○ 城山観光ホテルの朝食バイキング(今は亡き両親との思い出の場所再訪)

○ 猫神神社(今は亡き両親との思い出の場所再訪)

○ 両棒餅(ぢゃんぼ餅)(今は亡き両親との思い出の場所再訪)

○ 鹿児島県歴史資料センター黎明館(今は亡き両親との思い出の場所再訪)

○ 両親に会いに行こう

○ 父と母が眠る墓地

○ お父さんはもういないんだなぁ

○ 寂しいクリスマス・イルミネーション

○ キャンドル・サービス

○ 歌姫

○ 上りはガラガラ

○ 日本レコード大賞コブクロの蕾受賞に涙が止まらない

○ 大晦日の墓参

○ もう両親と鶴岡八幡宮に初詣には行けない

○ 鎌倉・小町通りの喫茶店「門」

○ 独りぼっちのNHK紅白歌合戦

○ 父もいない正月

○ シャトー ル・パンみなとみらい店、懐かしいフランス料理レストラン

○ 消えてしまったもの〜CMねこと世界のねこ展

○ 霊峰・富士

○ 成人式の写真

○ 嵐のような雨の中のお彼岸

○ 夢に亡父と亡母が出て来てくれました。

○ 横浜そごうのからくり人形時計がなくなっちゃったそうです

○ 馬籠宿の民宿・岩田屋の廃業

○ 父も母もいない独りぼっちのGW

○ デニーズの思い出の席(デニーズ、頑張れ!)

○ お父さん、お母さん、行かないで

○ 友人のお父上のお通夜

○ あぁ、父に最後に会ってから1年

○ 独りぼっちの墓参り

○ お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

○ 最後の家族旅行から3年目

○ おうちに帰ろう

○ 川田亜子さんのお母様の気持ちを思えば

○ はみだし刑事情熱系

○ 挽歌~父の死,母の死に関して詠んだ短歌

○ 城山三郎『そうか、もう君はいないのか』読書感想

○ 結婚したい、結婚したい、結婚したい

○ 亡母のおにぎり

○ 猫が来る家

○ 父がいなくなってしまった父の日

○ 犬が来る家

○ おぞましきはブツブツおじさんの怪

○ 墓参り(2008年07月)

○ 横浜そごうでミニ九州フェアに遭遇

○ 父と最後に電話で話してからちょうど一年

○ これから亡父の一周忌

○ 父の一周忌法要無事終了

○ 父の命日

○ You Tubeで鹿児島の動画を見つけました

○ 今日は誕生日

○ 城山観光ホテルの桜島が見える温泉展望露天風呂

○ 城山観光ホテルのテラス

○ 両親との思い出の歌舞伎座の建物が消えてしまう

○ 母の三回忌の会場にて

○ 母の三周忌の命日

○ Afternoon Tea TEA ROOM

○ 独りぼっちの大晦日

○ 独りぼっちの大晦日・その2

○ あけましておめでとうございます(長文注意)。

○ いわさきザビエル450跡地

○ 両親のいない2回目のGW

○ 亡父の声

○ 父の三回忌

○ 法爾山天然寺(横浜市金沢区,浄土宗,菩提寺)

○ 独りぼっちの誕生日

○ 墓参り

○ ありがとう、閉店しちゃったデニーズの思い出のお店達

○ 独りで見る紅白歌合戦3回目

○ テレビ神奈川「信州湯けむり紀行」を見て

○ 両親のいないゴールデン・ウィーク3回目

○ 大和百貨店新潟店・閉店前の見納め旅行

○ 今日は母の日

○ 「天国へのお引っ越し」~遺品整理

○ 墓参り&初詣

○ 黒田官兵衛

○ 香川県高松市のホテル ニューフロンティア閉館と讃岐うどん店「味名登屋」廃業:亡き両親との思い出の場所がどんどん消えてしまう・・・

○ レストラン「シャトー ル・パン(Chateau Le-Pin)」(みなとみらい21・横浜ワールドポーターズ)が閉店してしまっていた・・・

○ 母の七回忌法要

○ 墓参り(2013/04/07)



◎ 5/5 亡父と亡母の生前の最後の時期の思い出:横浜プリンスホテル最後の日々(時期は前後しますが2006年の、両親揃っての最後の思い出の時期)

○ 横浜プリンスホテルよ永久に

○ 横浜プリンスホテル グランド・フィナーレ写真展

○ さようなら、横浜プリンスホテルのフラワー・プロムナード

○ 横浜プリンスホテル・パンフレット

○ 横浜プリンスホテル最後の1週間頑張って下さい

○ いよいよ横浜プリンスホテル最後の夜ですね

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

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2007年10月 3日 (水)

父の死亡叙勲

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今年(2007年)8月5日に死んだ父
http://kamitaku.cocolog-nifty.com/rock/2007/08/post_9a0e.html
http://kamitaku.cocolog-nifty.com/rock/2007/08/post_bb3e.html
の死亡叙勲があり、瑞宝双光章をいただきました。

亡父は現役時代は気象庁に奉職しており、気象庁での父の本籍部門(兼)最後の職場であった東京管区気象台が手続きを取ってくれたものです。

気象,防衛,海上保安,警察,消防など、国家公務員と地方公務員を問わず、「365日24時間営業,命や体を張っての現業系公務員」は長年公務に より公益に励むと、(恐らくは生存者叙勲を受けなかった場合、)死後に死亡叙勲を受ける権利を有します。今回の死亡叙勲は、この叙勲の手続きを、東京管区気象台がとってくれたものです。私は詳しくはないのですが、春秋叙勲にはどうやら生存者叙勲もあるようなのですが、死亡の場合には個人に位階も授けられます。

亡父は、勲章としては瑞宝双光章をいただき、それに関して勲記をいただき、位階としては正七位をいただきました。内閣府HP日本の勲章・褒章勲章の種類及び授与対象によれば、瑞宝章とは「公務等に長年にわたり従事し、成績を挙げた方」との由です。写真は、勲章と勲記と、正七位の位階の位記と、それから、父の生前の最後に私が当時住んでいた鹿児島から故郷・横浜に帰省できた際に、生前の亡父と一緒に亡母の墓参りに行った際に写した、最後の父の写真です。

叙勲が死亡叙勲なのであれば叙勲されなくても良いから父にはいつまでも生きていて欲しかったというのが本音です。ですが、叙勲手続きをお願い申し上げたのは、今さら生き返ることが不可能になった旨を前提とすれば、長年に渡り気象庁で防災業務に従事した父の公共心に鑑み、父が頑張ってきた証、父が生きていてくれた証を残したかったからです。悲しいけれど、こういう形でも父の生前・現役時代の防災業務の苦労に報いたい、と思いました。

よくは分からないのですが死亡叙勲があるということは、叙勲の陰には多くの遺族の涙や悲しみがあるのだと思います。そう考えると、叙勲というもの がとても重くせつなく悲しいものに思えます。私も・・・最愛の父を、それも孤独死させてしまうという形で失ってしまった・・・。叙勲で父が生き返ってくれ る訳ではないけれど、「父の防災業務の公務に報いたい」という思いが天国の父に伝わってくれたら本望だと思います。

なお、叙勲や位階等に関しては、以下のHPで詳しく解説されています。
○ 内閣府HP日本の勲章・褒章
http://www8.cao.go.jp/intro/kunsho/index.html
○ ウィキペディア・勲章
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%B2%E7%AB%A0
○ ウィキペディア・位階
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8D%E9%9A%8E



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