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2007年10月 6日 (土)

二度と戻って来ない情景

この日記は、本当は2007年8月16日(木)に書いたものですが、編集している内に操作ミスで何故か10月の日付で索引付けされてしまったものです。編集不可能な状況で8月16日のガラも残っているようですので、多分、ディレクトリ・エントリのような索引インデックスがあって、ポインタが切れてしまったものと推測します。

=====[↓日記本文]=====

忌引きを延長させていただいた理由は、役所の窓口が開いている平日にしかできない、父の死に伴う事後処理が終わっていないためですが(言い訳モード)、窓口タイムアウトが早いので「定時退社」状態です。昨2006年に母が死んだ時には父と役割分担していたのですが、前回の父の分に加えて、前回には無かったタスクまであって、もう、大変です。
夕方の買い物をしていたら雨が降って来たので、生前の両親の馴染みだった喫茶店で雨宿りしています。この店は生前の両親と一緒に、今は無き横浜プリンスホテルフラワー・プロムナードに行った際に立ち寄った思い出の店です。
父が写して未現像だった使い捨てカメラがあったので一本現像して、この店で見てみました。写した亡父も見ていない写真です。その写真には、横浜の名園・三溪園と、複数日に渡るフラワー・プロムナードが写っており、生前の亡母も写っていました。わずか一年前の春の情景です。
2006年春当時の母は、もやもや病に伴う脳溢血の発作で前年2005年12月に倒れて入院した後、一時退院してリハビリしながら通常生活を送っていた頃で、両親にとっては、幸せだった正に最も最後の時期です。昨2006年6月20日には母は、後に死に至る最後の、脳梗塞発作で倒れて身動き不可能な状況に陥りましたので、昨年春の、母が動けていた最後の時期の写真を亡父の遺品未現像フィルムの中から見つけると、せつないです。ましてそれを、晩年の両親との思い出の店の中で見ると、思わず悲しくて耐え難い心境になります。
その写真には、母の死後の日付で、閉館後の解体工事途中の横浜プリンスホテルの写真も写っていました。同ホテルのフラワー・プロムナードでの亡母との思い出に対する亡父の思いを思う時、ホテル解体状況を写した父の心中は察するに余りあるものがあります。
この写真は、見ているだけで悲しくなります。



◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 今度は父の死亡

○ 父の側にいられる最後の夜の夜中

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○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店

○ 亡き両親との思い出のサンライズ瀬戸

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

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等々です。上述以外の父や母の死に関する他の日記は、このリンク先の目次欄から辿って行けます。

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