父の孤独死
昨日・10月5日は、本年(2007年)8月5日(日)に父が急死してから2月目の月命日です。早いもので、父が死んでから既に2ヶ月が過ぎてしまいました。
それまでは、独居老人の孤独死などという話題を聞くと「なんて残酷な」と思っており、まさか自分が、最愛の自分の父を孤独死させてしまうとは夢にだに思っておりませんでした。ところが、昨2006年11月11日(土)に母が死ぬと、「毎日の散歩でさえデート状態で、父曰く自称『両濡れ落ち葉』」な程に仲の良かった母を失って気落ちしてしまい、日々急速に心身共に老化が進んだ父が、心筋梗塞で孤独死してしまったのです。
父の死の前の週まで転勤で鹿児島に赴任していた私は同居可能な状況では無く、丁度、8月1日に名古屋に転勤になり、鹿児島よりも故郷・横浜に近くなったので、「息子が近くに戻って来た」と父が喜んでくれていた矢先のことでした。正に、近く(と言っても新幹線で1時間以上の距離ですが)に戻って来て、これからは父が心配なので帰省頻度を増やせられると思っていた矢先に、名古屋に赴任して来た週に父に死なれてしまった訳です。
私にとって鹿児島は、生前の亡父と亡母が遊びに来てくれたのが最後の家族旅行の思い出の場所になった所であり、その両親との思い出の場所から異動するのは悲しかったのですが、とは申せ、実家のある横浜に近くなって、十分な親孝行ができなかった亡母の分まで父に親孝行しようと思っていました。親が死んだ際に近くにいられないのは転勤族の宿命とは申せ、近い都市に着任したその週に死なれたのは無念であり、悔しいです。
全然心の準備もできていなかったし、悲しいし悔しいし、そして寂しいです。何かの間違いであって欲しい・・・と今でも思います。若い頃から結婚願望があったのに売れ残ってしまって独身の私は、わずか1年前は両親が揃っていて3人家族だったのに、天涯孤独の独りぼっちになってしまいました。大好きだった父も母も、もうこの世にはいません。そして、最後の瞬間にそばで見守ってあげること叶わず、大好きな父と母に対して親不孝な見送り方をしてしまいました。特に父の場合には孤独死をさせてしまったので、単に悲しいだけにとどまらず、極めて強いショックから今だに立ち直れておりません。
父を孤独死させてしまった・・・。べらぼうに辛いです。今回の名古屋への異動は、急速に父の老化が進む中で少しでも横浜に近い街に異動させて下さったという、前任地・鹿児島での上司の配慮があったのではないかと推測しているのですが(注:事実ではなく推測です)、転勤したその週に孤独死させてしまったので、その上司のせっかくの好意も活かすこと叶わず、元・上司に対しても申し訳ない思いでいっぱいです。
もう一度、父の声を聴きたい。もう一度、母の声を聴きたい。幽霊でもいいから会いたい。夜、眠ったら夢の中に出て来て欲しい。息子の転勤を喜んでくれたその週に独りぼっちで死んでいった父・・・。さぞや寂しかっただろう・・・。お父さん、孤独死させちゃってごめんなさい。ああ・・・私は・・・大好きな父を孤独死させてしまった・・・。
北海道江別市で市議会議員をやっている旧友・つのだ一さんが、今回の拙亡父の件を機に自分の街での孤独死対策を政策課題として採り上げてくれるようになりました。そんな形でもこの悲劇の再発防止策が少しでも進むのなら良いことなのだと思います。が、例えば拙・亡父の場合には東京・山の手生まれであることもあり、「近所づきあいは希薄で済む首都圏のマンション暮らしを居心地良く思う」性格だったため、つのださんご自身がブログで指摘しているとおり、プライバシーの問題との兼ね合いが難しいのではないか、という気もいたします。「近所づきあいは、もちろん拒絶はしないが、でも必要最小限にしたい。」という父や私のような都会っ子のプライバシー上の問題と「地域社会の関わり」とは二律背反的であり難しいテーマです。父の場合には遺体を発見して下さったのが介護士の方なので、正に行政上のネットワークで事後には対応可能なのかも知れません。
月命日を機に気持ちの整理をしてみようと思いましたが、ほとんどは、今まで書いた気持ちを繰り返すだけの状況です。父が死んで以来、気持ちの上では時間が止まってしまったのかも知れません。
◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事
○ 今度は父の死亡
○ 父の死の状況
○ 父と晩酌
○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか
○ 今日は納骨日
○ 讃岐うどんの味名登屋&ホテル・ニューフロンティア:高松での両親との思い出の店
○ 父の孤独死
○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。
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○ ★現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」 現実の物語「独居老人の孤独死」
○ ★現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」 急増する孤独死に対する取組
○ ★現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」 孤独死の年齢は?
○ 考える:孤独死について - PSP 活用記録 - Yahoo!ブログ
○ So-net blog:ぼやきまくりの日々:老人の孤独死
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コメント
お父様のご冥福をお祈りいたします。
私も最近実情を知り、考えさせられました。
大変かと思います。
どうか、前を向いて歩いてください。
投稿: vxm | 2007年10月 6日 (土) 11時00分
vxmさん、おくやみのお言葉ありがとうございます。
やはり・・・孤独死させてしまうと、単に悲しいだけでなく、辛く苦しいです。
投稿: 神山卓也 | 2007年10月 6日 (土) 18時40分
こんばんは!
今の貴方の心に言葉は無力です。
辛い心をお察しいたします。
お父様を思っている貴方の優しい気持ちは
きっと届いています。
そしてあなたの心の中には今もお父様居が
いるはずです。
悲しむ事、自分を責める事。
後者をお父様は望んでいないと思います。
投稿: vxm | 2007年10月 6日 (土) 20時56分
vxmさん、ありがとうございます。
父が望んでいないことは分かっているのですが、今も涙が止まりません。
でも昨夜、夢に父や母が出て来てくれました。時々夢の中に出て来てくれます。夢を見ているのだと分かった上で夢の中にいるときがありその時には目覚めないで欲しいと夢の中で思っています。夢の中だとは分かっておらず死んだことを分かった夢もあり、その時には「死んだ筈なのになぜ会えるのだろう」と思いながら、それを言ってしまえば消えてしまうと思い口に出せない夢がありました。また、夢の中で父母の死を認識していない夢があり、普通に普段生きていてくれたとおりのこともあります。
いずれの場合にせよ、せめて夢の中では会える・・・今の私には、悲しんでいる私を両親が慰めてくれているような気がしてなりません。
投稿: カミタクこと神山卓也 | 2007年10月 7日 (日) 10時52分
カミタクさん、おはようございます。
悲しみは時間のみが和らげてくれます。
カミタクさんの心の悲しみは
カミタクさん自身の心でしか
和らげられないです。
私も両親が他界して間もないころ、
しばらく抜け殻でした。
ジッとしていてもしょうがない。と
自分で気づき今を生きています。
目をつむれば父と母は心に居ていつでも
ニコニコとほほ笑んでくれています。
たまにほろっとなる時もあります。
当時私は積極的に外に出ました。仕事に遊び。。
きっかけがあります。
落ち込んでる時、自分を客観的に見て、その様は
「父や母は嬉しいか?」
「なにをすれば喜ぶか?」
こう考えたんです。
後者は大した事できてないんですが。(汗)
じつは、、もっと考えてて・・
「どんな生き方が誇れる自分か?」
・・・うーん。誇れない。。まだ。。
カミタクさん!!
ふぁいとーーーーいっぱーつ!!!
\(^▽^@)ノ
投稿: vxm | 2007年10月 8日 (月) 10時00分
vxmさん、コメントありがとうございます。レスが遅れてしいまい申し訳ありあません。
やはり今は・・・父や母に会いたいです。
投稿: カミタクこと神山卓也 | 2007年10月20日 (土) 14時49分
はじめまして、私も同じです・・・昨年10月母を孤独死させてしまいました。正確な死亡日時もわからず情けない次第です。今月8日に納骨を済ませました。毎日誤る事ばかりです。何で・こうしてれば良かったそんなことばかり。悲しくつらいですよね・・・
投稿: さおり | 2008年3月21日 (金) 11時18分
さおりさん、コメントありがとうございます。お互いに辛いですよね。
正確な死亡日時が分からないとの由、さぞやお悔しいことと思います。厳密には時間は不明でも、日にちが分かっているだけ私はまだマシなのかも知れません。私の場合には調べた結果、死ぬ当日のいろんなことが分かった
http://kamitaku.cocolog-nifty.com/rock/2007/08/post_bb3e.html
のがせめてもの救いですが、父が死んだ週末に実家に寄らなかったことが、一生残る後悔になっております。
とりあえず納骨が済んで、お母様も眠るべき場所に無事に落ち着かれたことと思います。
最近の私は、亡き両親の墓参りに行くこと
http://kamitaku.cocolog-nifty.com/rock/2008/03/post_88a8.html
が、「生きている両親にはもう会えないので悲しいけど、せめてお墓の中の両親に会いにいける喜び」と化しており、お墓の前で号泣する瞬間が、今でも可能なせめてもの両親とのつながりと化しております。
多分、お墓に行けば、お母様の御霊には会えると思います・・・と申しますか、「お墓に行けば会える」と思わないと辛いと思います。
投稿: カミタクこと神山卓也 | 2008年3月22日 (土) 00時11分