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2007年11月17日 (土)

ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

昨年2006年11月11日(土)に母を、翌・今年2006年8月5日(日)に父を相次いで失い、悲しみから立ち直れていない私にとって、両親共に健在だった時に最後に一緒に遊びに行った思い出の場所は、2006年5月28日(日)に当時の赴任地・鹿児島から故郷・横浜に帰省した際に行った、横浜プリンス・ホテルフラワー・プロムナードです。

横浜プリンス・ホテルは、2005年12月にもやもや病に起因する脳溢血で母が倒れて入院して2006年1月に退院してから、2006年6月に今度はもやもや病に起因して脳梗塞で母が倒れるまでの間、リハビリと兼ねて訪問看護ステーションの方と共に両親がよく訪れていた所です。2005年以前に母がもっと元気だった頃からよく遊びに行っていたようですが、特に、父にとっては、2005年12月の母の入院時に回復を願って買った達磨に片目を入れ、退院で喜んで両目を入れていた時期で、母の晩年の最後の幸せだった時期によく訪れた、思い出の場所になります。この6月の脳梗塞発作以来母は回復せず、とうとう2006年11月11日に死んでしまった訳です。

ところが、横浜プリンス・ホテルは、2006年6月30日に営業を停止し、閉館してしまいました。私が帰省時に両親と共に横浜プリンス・ホテルに行ったのは、大好きな横浜プリンス・ホテルが無くなってしまう前に見に行きたかったからでした。6月30日には、後に母が死に至る原因になった脳梗塞の発作で倒れた後だったので、元気な頃の母との思い出を懐かしんで最終日に父も見に行ったとの由です。転んでメガネを壊してしまったと当時の父は笑っておりましたが、後に母の死で気落ちして後を追うようにして死んでしまったくらい母を愛していた父にとっては、当時既に死を覚悟せざるを得ない病状に陥ってしまった母との最後の思い出の場所が消えてしまう最終日は、さぞや寂しかったことであろうと思います。私も、遠く赴任地・鹿児島から横浜プリンス・ホテルが消えてしまうことを悲しみ、父と電話で「悲しいねぇ」と話し合っていました。5月帰省時に一緒に横浜プリンス・ホテルに行って以来、母が倒れる前に帰省はできていなかったため、上述のとおり、私にとっては「元気だった頃の母との最後の思い出の場所」になってしまいました。

横浜プリンス・ホテル閉館後は、土地・施設を新たに買ったオーナー企業がホテルを取り壊してマンションを建設することになっています。今年2007年11月に、母の一周忌法要で帰省した際、とうとう、懐かしい横浜プリンス・ホテルの建物は見えなくなってしまっていました。父や母が元気だった頃、最後に行った思い出の場所が消えてしまった・・・。あの空が見える場所に、去年までは横浜プリンス・ホテルの建物が見えていたのに・・・。思わず涙が止まりませんでした。

私にとっては、横浜プリンス・ホテルは、もう二度と行く機会の無い、夢のお城と化してしまいました。生前の父はよく、行くと楽しいスポットのことを夢空間と呼んでおり、最盛時よりも寂しくなってしまったマイカル本牧のことを、「昔は夢空間だったのに寂しくなっちゃった」と嘆いていました。商業施設も含めた観光スポットは、夢空間や夢のお城です。横浜プリンス・ホテルは最後の建物ができた当初からよく買い物したり、パンがおいしかったり、お茶したり、フラワー・プロムナードを楽しんだり、家族にとっては楽しい夢空間であり、夢のお城でした。その家族の思い出の施設が消えてしまい、思い出を共有する父も母もこの世からいなくなってしまいました・・・。

観光スポットのファンにとって悲しいことは、観光スポットが消えてしまうことです。経営者(オーナー)が変わること自体悲しいですが、オーナーが変わっても観光スポットが営業を続けていてくれれば思い出の場所は消えません。思い出の場所自体が消えてしまうのは、とても悲しいことです。この意味では、シェラトン・グランデ・オーシャンリゾートなどフェニックス・シーガイア・リゾートを再建したり、JALリゾート シーホークホテル福岡があるホークスタウンの再建事例に鑑みれば、外資でも構わないから、横浜プリンス・ホテルを再建してくれる組織が買収してくれれば良かったのに・・・と切実に思います。内資だって、思い出の場所を取り壊してしまうのならば、横浜プリンス・ホテルに両親との最後の思い出のある私にとっては残酷です。

横浜プリンス・ホテルがまだ営業してくれていて、両親が元気だった頃に戻りたいです。もう二度と行けない夢のお城が、消えてしまいました。

071111_12270001横浜プリンス・ホテルの建物が、解体されて消えてしまっていました。









060505_11440001かつては、同じ場所から、横浜プリンス・ホテルが見えていました。







Photoかつての、横浜プリンス・ホテルの全景です。







Photo_2かつての、横浜プリンス・ホテルの夜景です。





060505_13400001両親の生前、2006年5月5日に横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。横浜プリンス・ホテルも消えてしまい、両親も死んでしまった今日、もう二度と戻って来ない情景です。





060505_13400002両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。






060528_12510001両親の生前、2006年5月28日に横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。









060528_14280001両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。





P5280041両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。





P5280024フラワー・プロムナードのバラ園での、亡父の後姿です。





◎ 当日記に関連する、当ブログ内の記事



○ 横浜プリンスホテルよ永久に

○ 横浜プリンスホテル グランド・フィナーレ写真展

○ さようなら、横浜プリンスホテルのフラワー・プロムナード

○ 横浜プリンスホテル・パンフレット

○ 横浜プリンスホテル最後の1週間頑張って下さい

○ いよいよ横浜プリンスホテル最後の夜ですね

○ 母の納骨(その後、解体工事でプリンスブリッジが消えてしまった写真が載っています)

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ 鎌倉のこと、叔母の墓参りのことなど

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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