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2008年5月31日 (土)

挽歌~父の死,母の死に関して詠んだ短歌

拙個人公式WEBサイト「Noblesse Oblige カミタクの部屋」内の「短歌の部屋」掲載の拙歌や、一部数首の歌は拙個人公式ブログ「カミタク・ブログ」の日記「母を偲ぶ拙歌9首(2006年12月30日 (土))」と重複するのですが、2006年11月11日の母の死2007年8月5日の父の死を受けて、アララギ後継誌『短歌21世紀』所属アララギ歌人として詠んだ挽歌を、以下のとおり載せます(3~4首程、『短歌21世紀』の選の漏れた落選非掲載歌も含みます)。

 

 平成18年(2006年)短歌作品

 

○ 母の死

死ぬ前の母に会ひたしと思へども鹿児島からは横浜は遠し

死の床の母に会ひたし飛行機の速さも今の我にもどかし

あんなにもおしやべりだつた母なれど眼(まなこ)は開けど口は動かず

子の我を知覚してゐる様子なしせめて眼(まなこ)の反応を見たし

故郷(ふるさと)は横浜は街の隅々に母の思ひ出が満ち満ちてをり

太りてゐし母なり今は細々と骨皮だけの足になりたり

去年(こぞ)の今日母と歌舞伎を見し思ひ出繰り返し繰り返し父は語りぬ

ずつとずつと暖かなりし母の額我が着きし時既に冷たし

遺体とはいへども形のある母とこの家にゐ得る最後の夜なり

あと二時間あと一時間母の遺体が我が家を出(い)で行く時近づくも

お母さん嘘でもいいから目を開けて焼かれてしまふ前に逃げてよ

子守歌歌ひてくれしのど仏はかくも小さき骨になりたり

暖かつた手はどこだらうばらばらの骨からは既に知る術も無し

母の遺骨を持たせて貰へばこんなにも軽くなりたりこんなにも軽く

一緒に俺も焼いて欲しかつたと泣く父の傍らにをりなす術もなく

お母さんねえお母さんお母さん呼べども呼べども今は答へず

旅行ガイド開きて母との思ひ出を父と語れど過ぎし日はるけし

鹿児島に母が来てくれし日よわづか一年半前今日を思はず

夢に母が会ひに来てくれたりと気づくその瞬間に目覚めてしまふ

銀行に桃色の薔薇の花あれば母とバラ園に行きし日思ほゆ

母と来し駅前の店しみじみと今日は父と二人入りたり

横浜に帰れど二度と会ふことは叶はぬ母よ故郷の部屋よ

 

 平成19年(2007年)短歌作品

 

○ 亡き母

城山のホテルを見れば今もまだ母が来てゐるやうな気がする

去年実家に贈りし鹿児島の黒き酢を喜びし母はこの世にゐない

母と行きし猊鼻渓がテレビに映りをり涙が一筋流れ落ちたり

このリスの写真を撮りし時わが側には母がゐしと気づきぬ

霊などは信じて来ざりき我なれどいつかあの世で母に会ひたし

嘘だよね死んぢやつたなんて嘘だよね横浜に帰ればまた会へるよね

亡き母と行きし山川の植物園に行きたり母に会ひ得る気がして

二年前ここには父と母がゐしと思ひたる途端に涙止まらず

わづか二年前の幸せなりし日が今では遥けく思ほゆるかな

我が節句人形を孫に飾りたき母の願ひは空しくなりぬ

目覚むれば母の遺影が部屋にありかつてはお早うと起こしてくれき

何時まで起きてゐるのよ父と我を叱りし母の声は聴き得ず

母の形見のネクタイピンをなくしたり見つからぬまま転居せねばならず

 

○ 父の死

父の死を告ぐる電話は嘘だよと思ひたし実家に電話をかくる

独りきり発見されないまま父はここに倒れてゐたのかと思ふ

あの夜にせめて電話をかけてゐたらすぐに発見されたのだらうか

父の遺体と母の位牌の間に寝る幼き頃の川の字のやうに

父と共に二人の最後のこの夜は眠り得ぬまま窓白みゆく

孤独死をさせてしまひぬ人目など憚らず葬儀場で泣き続けたり

誰もゐない分かりてをれども玄関を開くれば言ひたりただいまと二度

父が出てくれさうな気を捨てきれず今宵も実家に電話をかけたり

父の死亡叙勲の品が着く夕べ生きてゐてくれし証を願ひて

話しても話尽きざるこの午後は墓石の前を離れ難し

 

 平成20年(2008年)短歌作品(の内、本日現在で掲載された分まで)

 

○ 亡き父亡き母とを偲んで

吾が送る旅の土産を喜びし母のハガキの来ることはなし

電池入れて父との思ひ出の鳩時計稼働を確認して実家を出で来ぬ

父からのメールがウザいと言ふ若き友は来ぬ日を思ひてをらず

孤独死をさせてしまひしといふ思ひ半年過ぐれど消ゆる時なく

父の声も母の声もせぬ電話機よ呼び鈴だけは昔と変はらず

夢に出でてくれたる父は心配でたまらずといふ顔をしてをり

『短歌21世紀』や、歌集『赤光』中の有名な連作「死にたまふ母」を残した斎藤茂吉などアララギの大先人達には比べるまでもなく足下にも及ばない出来具合ではありますが、私の悲しい思いを芸術に昇華させようとすると上述のようになります。せめて芸術に昇華させようとしない限り、余りにも悲しくて悲しくて辛過ぎます。

 

 

◎ このページに関連する他の方のブログの記事(挽歌,父の歌,母の歌など)

○ 「散り急ぐ桜花のごとく友送る・・・」 ~関 節夫短歌の挽歌~ - 吉祥天の「言ノ葉・魂の森」 - Yahoo!ブログ

○ 山上億良:日本挽歌と大伴旅人との交友 (壺 齋 閑 話)

○ 日本における火葬の始まり(柿本人麻呂の挽歌) (壺 齋 閑 話)

○ 柿本人麻呂の儀礼的挽歌(万葉集を読む) (壺 齋 閑 話)

○ 舎人集団の歌:草壁皇子への挽歌(万葉集を読む) (壺 齋 閑 話)

○ 平成万葉歌仙(五)「挽歌・志(こころざし)」の巻(十)|freeml

○ sylphid : 柿本朝臣人麻呂、妻死にし後に、泣血哀慟して作る歌

○ 気になる本 - 奈良大学お勉強日記(『風呂で読む万葉挽歌』上野誠著)

○ 待ちぼうけの家: 死にたまふ母

○ 挽歌 - 別所沼だより

○ 斎藤茂吉記念館を訪れる 藤沢町民病院と佐藤元美の仕事/ウェブリブログ

○ 挽歌の山吹-さくら物語-楽天ブログ(Blog)

○ 短歌随想(父を偲んで) 八王寺だより/ウェブリブログ

○ ソラへ?無事に送りました。 - 宇宙のしっぽ - 楽天ブログ(Blog)

○ 短歌 701 母 - 愛あるところ - Yahoo!ブログ

○ 第4回目 かとちえの短歌教室 テーマは“母”

○ お母さんの味を忘れたくないから : 母短歌

○ ■母の短歌<201>-やゆひみの部屋

 

 

◎ 両親の死に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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はみだし刑事情熱系

名古屋テレビ 【メ~テレ】(NBN)では今、日中、略称「はみデカ」こと「はみだし刑事情熱系」の再放送しています。はみだし刑事情熱系は、1996年(平成8年)から2004年(平成16年)にかけてテレビ朝日系列で放送されていた柴田恭兵主演の刑事ドラマで、本放送の頃から大好きで見ていました。人情系の熱血キャラの刑事ドラマですが、主人公・高見兵吾を演じる柴田恭兵や西崎駿一刑事を演じる風間トオルなどクールなキャラの俳優が多く出演していたため、人情臭さが鼻につく程ウザくもなく、おしゃれな路線と人情味とのバランスがよくとれたドラマだと個人的には感じていたドラマです(この辺りは人によっては異論もあるかも知れません)。個人的には大ファンの女優の一人・中山忍が山口さくら刑事役でパート3とパート4に出演していたりもしたりしましたし、結構好きなドラマでした。

余談ですが、柴田恭兵風間トオルは、日本テレビ系列で1992年(平成4年)に放送していた「子供が寝たあとで」というドラマでも競演しており、「子供が寝たあとで」も当時ハマっていたドラマでした。

話を本題に戻せば、はみだし刑事情熱系は本放送の時から好きなドラマで、パート8で放送終了した時には悲しかったので、いま、時々録画して帰宅してから見ています。本放送放送の頃は、1年間の間はみだし刑事情熱系を放送していない月は再開が待ち遠しく、新パートになって放送されるのを心待ちにしていました。本放送の時に毎週見ていた筈なのに、不思議なことに覚えている回と全く覚えていない回があったりいたします。

丁度、このはみだし刑事情熱系が本放送されていた時期は、数日前の日記「最後の家族旅行から3年目」で述べたように、今にして思えば私が亡き両親を 泊まりがけの旅行に連れて行ってあげられなかった程に心の余裕を無くして悪戦苦闘していた時期で、日本全体でも、バブルがはじけた後の不況が最初は単なる 景気循環だと思っていたところ、実は「失われた10年」を経て社会構造まで変わってしまう未曾有の大不況が深化していた時期でした。そんな暗い時期だから こそ、人情味溢れるはみだし刑事情熱系はパート8まで8年間ほども続く人気ドラマになったのかも知れません。

今思えば、悪戦苦闘していた時期とは申せ、両親がまだ元気でいてくれた、ほぼ最後の数年間になります。母が、翌年2006年11月の死につながる一連の体調不良の最初となる、もやもや病に起因する脳溢血の発作で最初に倒れたのは、はみだし刑事情熱系が放送終了した翌年2005年の暮れのことです。そんなことを思いながら再放送を見ていると、あの頃は両親がまだ生きていてくれて良かったなぁ、という思いにかられます。最近の私は何を見ても亡き両親を思い出して悲しくてしょうがないのですが、両親とは直接関係のない世相やドラマを見ても、「あの時期の両親は」という思いがこみ上げて参ります。

本放送をやっていた当時には気付かなかったのですが、今見直してみると、はみだし刑事情熱系の人情ストーリーのテーマには家族愛があることに改めて気付きました。2006年11月の母翌2007年8月の父相次いで両親を亡くして悲しみにくれており、独身売れ残りで家族というものを失ってしまった寂しい独りぼっちの私には、本放送の時とは異なる、胸にしみるものがはみだし刑事情熱系から伝わって来ます。このため、本放送の時にもハマっていたのですが、本放送の時以上に胸にせまるものがあり、思わずハマり直してしまっています。

はみだし刑事情熱系の 本放送をやっていた、まだ両親が元気でいてくれた頃、その頃に戻れたらなぁ・・・と今にしてみればつくづく思います。上述の、本放送時には気付かなかった この番組の魅力に気付かないままでいいから、生きた両親に会いたい・・・今、切実に心からそう思います。そんなことを思いながら、はみだし刑事情熱系の人情味溢れるストーリーに思わず涙してしまいます。

<参考ホームページ(2008年5月現在、存在するもの)>

○ ウィキペディア・はみだし刑事情熱系

○ はみだし刑事情熱系パート7公式HP

○ はみだし刑事情熱系最終章(パート8)公式HP

○ 【楽天市場】はみだし刑事 情熱系 の検索結果

○ 【楽天ブックス】はみだし刑事 の検索結果

 

◎ はみだし刑事情熱系に関する、他の方のブログの記事

○ 『はみだし刑事情熱系Ⅵ』第7話 広域特別捜査隊活動日記/ウェブリブログ

○ はみだし刑事情熱系V

○ はみだし刑事 情熱系 空色なおれの日々

○ A day called today of only 1 time | はみだし刑事 情熱系

○ ☆Happy Life☆   はみだし刑事情熱系2

○ かずにっき(にっき+とらにっき+つぶやき) はみだし刑事情熱系~最終章~ 最終回

○ 杉本右京のメンタルヘルスジャーナル~mental health journal~心の三叉路:刑事ドラマの魅力~心の三叉路67~

 

 

◎ 両親の死に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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2008年5月28日 (水)

川田亜子さんのお母様の気持ちを思えば

アナウンサーの川田亜子さんが自殺したとの由です。実は最近のアナウンサーをよく知らない私は川田アナを存じ上げないのですが、自分よりも若い人の自殺の報を聴くとやりきれない悲しみに襲われます。

どこで読んだか忘れて出典不明のニュース・サイトからの孫引きで恐縮ですが、自殺前の時期の川田アナの鬱状態のブログの中には、生きる意味を問うたところ、お母様が泣き出してしまったことがつづられていたとの由です。お父様やお母様にとっては、さぞやお嘆きのことでしょう。

実は私も数年前、自殺の寸前にまで追い詰められた鬱の心理状況になったことがありました。その年のGWに横浜の実家に帰省した際の両親との行楽は、最後の思い出を残すつもりでした。自宅(独身寮)に戻ってから実家の父に送ったその行楽時の写真には、「楽しかったね」と添え書きをしておきました。

幸い、友の説得で自殺を思いとどまったのですが、その後、一昨年二○○六年の母昨年二○○七年の父と相次いで両親を亡くして悲しみにくれている私は、今改めて、このような悲しみを両親に与えずに済んで良かったと実感しています。

父の死後、独身売れ残りで独りぼっちの私は実家で上述の行楽時の写真を見つけて、「楽しかったね」の書き込みを見て、私の死を両親に経験させなく て良かったと思うと同時に、大好きな両親を亡くすことが、こんなにも辛く悲しく苦しいものかと思い知りました。特に父の場合には突然死んだので、大好きなのに転勤族の私は孤独死させてしまったこともあり、悲しいだけでなく申し訳なくて、今だに悲しみから立ち直れておりません。

もう両親に生きては会えなくなってしまって辛いからこそ、あの世の両親を悲しませたくないので、私は今、生きていこうと思っております。

家族の死は悲しいです。特に、子が逝くのは悲しいです。川田アナのご両親のご心中を察すると、自殺せずにこの世に踏みとどまっていただきたかった・・・と切実に思います。

 

 

◎ 両親の死に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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2008年5月25日 (日)

おうちに帰ろう

横浜商科大学で行われた日本情報経営学会全国大会の午後の部はサボることにして、横浜の実家に帰ります。

本当は地元・横浜の 経営学者の今回実行委員の方々への渡世の仁義上は最後まで聴いているべきなのですが、会場に近いからということで実家に泊まらずに横浜駅西口の横浜 EXCELホテル東急に泊まっていたため、先週だか先々週だかの強風で実家に被害が出ていなかったかどうか、気になって仕方ありません。

それに、亡父の時も亡母の時も親不孝な見送り方しかできなかった私にとっては、せっかく横浜に帰って来たのに実家に寄らないのは親不孝の上塗りです。もう遺影になっちゃって生きた両親には会えないけど、せめて位牌にお線香をあげたいという意味で両親に会いたいです。

途中、両親との思い出がこもるみなとみらい21地区が見えた時、恥も外聞もなく涙が止まらなくなってしまいました。

 

 

◎ 当ブログ内の学術学会,研究会に関するブログ記事

○ 日本情報経営学会第55回全国大会 at 愛知学院大学(2007/11/03(土))

○ 日本情報経営学会 at 愛知学院大学 その2(2007/11/04(日))

○ 日本情報経営学会全国大会 at 横浜商科大学(2008/05/24(土),研究報告しました)

○ 日本情報経営学会全国大会2日目 at 横浜商科大学(2008/05/25(日))

○ おうちに帰ろう(2008/05/25(日))

○ 組織学会全国大会 at 神戸大学(2008/06/08(日))

○ 組織学会at名古屋大学 in 2008年10月(2008/10/20(月))

○ 「鹿児島県における地域ブログ・ネットワークと地域SNS」研究報告:日本情報経営学会 at 宮崎産業経営大学(2008/10/25(土))

○ AISASモデルとAIDMAモデルのメリ・デメ比較モデル~日本情報経営学会第58回全国大会 at 桜美林大学にて~(2009/05/30(土))

○ 組織学会2009年・年次大会at早稲田大学(2009/10/12/(月))

○ 日本情報経営学会全国大会 at 名古屋大(2009/11/23/(月))

 

 

◎ 両親の死に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

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○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

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○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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日本情報経営学会全国大会2日目 at 横浜商科大学

本日は、横浜商科大学のつるみキャンパスで行われている日本情報経営学会第56回全国大会の2日目です。昨日の日記のとおり、昨日1日目に拙研究報告「「営業のスタイルと場のモデル」に基づく、WEB2.0における「SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル」の概要」を行ってしまった後ですので、本日は見物気分、お遊び気分で済み、気楽な一日です。

本日はA会場・特定自由論題「SNSの 可能性」を集中的に聴いております。結構おもしろく、地域産業振興を研究している私にとっては良き参考になります。また、経営学のサブ・ジャンルの中では 組織論よりも戦略論、特に競争戦略論に「強み」が偏る私にとっては、正直なところ組織論は余り得意ではないのですが、組織論の話が多いので、この意味でも 良き参考になります。

本日聴いている話は以下のとおりです。
(1) 「まちづくり2.0戦略 ~ICTがもたらす地域. コミュニティの新しい形~」. by 摂南大学の三藤利雄先生
(2) 「SNSにおける知の身体性」 by 関西大学古賀広志先生
(3) 「創発の場としてのSNS」 by ITコーディネーター・萩原 功先生
(4) CSR適応に向けたSNSの可能性 -信頼獲得を目指す戦略の実践-」 by 横浜市立大学 山賀康宏氏

特に三藤先生の話は、拙研究テーマの上で参考になりました。また、静岡大学大学院工学研究科事業開発マネジメント専攻相原憲一先生の質問が結構参考になりました。

次回秋の大会は宮崎産業経営大学。拙地域振興の観察対称地域である鹿児島県の隣県ですし、テーマが地域振興ですので、次回も楽しみです。

 

◎ 当ブログ内の学術学会,研究会に関するブログ記事

○ 日本情報経営学会第55回全国大会 at 愛知学院大学(2007/11/03(土))

○ 日本情報経営学会 at 愛知学院大学 その2(2007/11/04(日))

○ 日本情報経営学会全国大会 at 横浜商科大学(2008/05/24(土),研究報告しました)

○ 日本情報経営学会全国大会2日目 at 横浜商科大学(2008/05/25(日))

○ おうちに帰ろう(2008/05/25(日))

○ 組織学会全国大会 at 神戸大学(2008/06/08(日))

○ 組織学会at名古屋大学 in 2008年10月(2008/10/20(月))

○ 「鹿児島県における地域ブログ・ネットワークと地域SNS」研究報告:日本情報経営学会 at 宮崎産業経営大学(2008/10/25(土))

○ AISASモデルとAIDMAモデルのメリ・デメ比較モデル~日本情報経営学会第58回全国大会 at 桜美林大学にて~(2009/05/30(土))

○ 組織学会2009年・年次大会at早稲田大学(2009/10/12/(月))

○ 日本情報経営学会全国大会 at 名古屋大(2009/11/23/(月))

 

◎ 地域産業振興に関する過去の私の研究業績ほか

・ 神山卓也(2004)「新世紀の地域産業振興」2001-2002年度私立学校振興・共済事業団大学院重点特別経費補助金助成研究『地域社会とIT』報告書拙担当分,東洋英和女学院大学,計38頁.

・ 神山(2005b)「第1章 地域産業の振興とIT」『IT活用で地域が変わる 地域活性化・危機管理』,ぎょうせい,pp.15-41

・ 神山(2005c)「新川崎K2(ケイ・スクエア)タウンキャンパスの事例研究 ― 産学官連携型産業振興を目指して ―」OA学会『オフィス・オートメーション 第50回全国大会予稿集』,pp.117-120

・ 神山(2006a)「第六章 ネットワークで行う地域マーケティング」共著:高知工科大学大学院起業家コース著『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント』,(株)ケー・ユー・ティー発行,丸善(株)出版事業部発売,pp.145-178

・ 神山(2005a)「鹿児島における人口変化と域内人口移動」OA学会『オフィス・オートメーション 第51回全国大会予稿集』,pp.209-212

・ 神山(2006b)「ソフトプラザかごしま及びソーホーかごしまに関する事例研究」OA学会『オフィス・オートメーション 第53回全国大会予稿集』,pp.7-8

・ 神山卓也(2007)「地方都市の地域産業振興 - 産業構造の変化に対応していかに地域が生き残るか:鹿児島の観光食料産業クラスターと創業支援を例にして -」  高知工科大学大学院工学研究科基盤工学専攻(起業家コース)博士学位論文.

・ 神山(2008a)「「営業のスタイルと場のモデル」に基づく,WEB2.0における「SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル」の概要」『日本情報経営学会 第56回全国大会予稿集』,pp.85-88

・ 神山(2008b)「「地域のマーケティングにおけるITと経営革新-SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル 」『日本情報経営学会誌』,Vol.29,No.1,pp.22-29
(powered by CiNii(NII論文情報ナビゲータ)..)

・ 神山(2008c)「鹿児島県における地域ブログ・ネットワークと地域SNS」『日本情報経営学会 第57回全国大会予稿集』pp.127-130

 

 

 

 

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デジタルストラテジー








 

経済成長理論








 

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2008年5月24日 (土)

日本情報経営学会全国大会 at 横浜商科大学

今日は、日本情報経営学会第56回大会(全国大会)があり、横浜商科大学のつるみキャンパスに来ております。ここ3年間程、東京大阪のサテライト・キャンパスでも土日受講可能な社会人向け大学院・高知工科大学大学院起業家コースでの集合セミナーと日程が重複したり、相次いで両親が死んで準備できなかったりしてあまり学会報告(研究発表)できていなかったのですが、久し振りに研究発表しました。

私が研究発表した学会報告は、「営業のスタイルと場のモデル」に基づく、WEB2.0における「SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル」の概要 」というものです。このモデルは、私も参加して発表した共著・高知工科大学大学院起業家コース『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント』ケー・ユー・ティー発行,丸善出版事業部発売の拙担当章「第六章 ネットワークで行う地域マーケティング」や、拙博士学位論文「地方都市の地域産業振興 - 産業構造の変化に対応していかに地域が生き残るか:鹿児島の観光食料産業クラスターと創業支援を例にして -」で発表したモデルで、そのモデルの紹介です。

最近の研究テーマは地域産業振興、特に鹿児島県の地域産業振興で、この研究は、コトラーの地域のマーケティングの見地から、WEB2.0時代のインターネット・マーケティングでの鹿児島観光PRのテスト・マーケティングを行ったものです。

横浜は私の故郷ですので、街全体が懐かしいです。

 

◎ 当ブログ内の学術学会,研究会に関するブログ記事

○ 日本情報経営学会第55回全国大会 at 愛知学院大学(2007/11/03(土))

○ 日本情報経営学会 at 愛知学院大学 その2(2007/11/04(日))

○ 日本情報経営学会全国大会 at 横浜商科大学(2008/05/24(土),研究報告しました)

○ 日本情報経営学会全国大会2日目 at 横浜商科大学(2008/05/25(日))

○ おうちに帰ろう(2008/05/25(日))

○ 組織学会全国大会 at 神戸大学(2008/06/08(日))

○ 組織学会at名古屋大学 in 2008年10月(2008/10/20(月))

○ 「鹿児島県における地域ブログ・ネットワークと地域SNS」研究報告:日本情報経営学会 at 宮崎産業経営大学(2008/10/25(土))

○ AISASモデルとAIDMAモデルのメリ・デメ比較モデル~日本情報経営学会第58回全国大会 at 桜美林大学にて~(2009/05/30(土))

○ 組織学会2009年・年次大会at早稲田大学(2009/10/12/(月))

○ 日本情報経営学会全国大会 at 名古屋大(2009/11/23/(月))

 

◎ 地域産業振興に関する過去の私の研究業績ほか

・ 神山卓也(2004)「新世紀の地域産業振興」2001-2002年度私立学校振興・共済事業団大学院重点特別経費補助金助成研究『地域社会とIT』報告書拙担当分,東洋英和女学院大学,計38頁.

・ 神山(2005b)「第1章 地域産業の振興とIT」『IT活用で地域が変わる 地域活性化・危機管理』,ぎょうせい,pp.15-41

・ 神山(2005c)「新川崎K2(ケイ・スクエア)タウンキャンパスの事例研究 ― 産学官連携型産業振興を目指して ―」OA学会『オフィス・オートメーション 第50回全国大会予稿集』,pp.117-120

・ 神山(2006a)「第六章 ネットワークで行う地域マーケティング」共著:高知工科大学大学院起業家コース著『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント』,(株)ケー・ユー・ティー発行,丸善(株)出版事業部発売,pp.145-178

・ 神山(2005a)「鹿児島における人口変化と域内人口移動」OA学会『オフィス・オートメーション 第51回全国大会予稿集』,pp.209-212

・ 神山(2006b)「ソフトプラザかごしま及びソーホーかごしまに関する事例研究」OA学会『オフィス・オートメーション 第53回全国大会予稿集』,pp.7-8

・ 神山卓也(2007)「地方都市の地域産業振興 - 産業構造の変化に対応していかに地域が生き残るか:鹿児島の観光食料産業クラスターと創業支援を例にして -」  高知工科大学大学院工学研究科基盤工学専攻(起業家コース)博士学位論文.

・ 神山(2008a)「「営業のスタイルと場のモデル」に基づく,WEB2.0における「SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル」の概要」『日本情報経営学会 第56回全国大会予稿集』,pp.85-88

・ 神山(2008b)「「地域のマーケティングにおけるITと経営革新-SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル 」『日本情報経営学会誌』,Vol.29,No.1,pp.22-29
(powered by CiNii(NII論文情報ナビゲータ)..)

・ 神山(2008c)「鹿児島県における地域ブログ・ネットワークと地域SNS」『日本情報経営学会 第57回全国大会予稿集』pp.127-130

 

◎ 日本情報経営学会(旧・OA学会)に関する他の方のブログ記事

○ NECの暗号制作第一人者 - 生中継!ビジネスの現場から

○ 日本情報経営学会・全国大会IN新潟 - 浦嶋繁樹の全国リスク行脚ブログ

○ Speed Feed >  OA学会主催「地域再生の切り札−ecの可能性」にて : ITmedia オルタナティブ・ブログ

○ 日本情報経営学会誌は情報システム設計論特集 - システムのパワーをすべての人に

○ IMC最新情報  OA学会全国大会に参加

 

 

 

 

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2008年5月18日 (日)

川内川花火大会訪問記掲載(「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」更新記録)

☆ 「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」更新記録

  川内川花火大会見聞記(2008年4月ページ新設の「川内川花火大会見聞記」。地図や交通案内など詳しくはリンク先ご参照。)



◎ 鹿児島県の温泉宿は、「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」鹿児島県内温泉宿宿泊予約画面 ご参照。

 

 

 

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2008年5月17日 (土)

mixiと 『ホテル・ルワンダ』公開

最近、経営学の研究者仲間が出した本で、

○ 吉田孟史編さん、寺澤朝子,弘中史子,今田 聰,古澤和行,涌田幸宏著『コミュニティ・ラーニング―組織学習論の新展開』ナカニシヤ出版,2008年4月

を読みました。その中の、名古屋大学大学院環境学研究科の経営学の涌田幸宏准教授(2008年5月現在)による「第5章 ソーシャル・ネットワーキングにおける学習のダイナミズム 『ホテル・ルワンダ』公開運動の事例」は、mixi「ホテル・ルワンダ」のコミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=200425
が契機になった公開運動で質の高い映画が公開に至った過程を分析したものです。

ネットから始まる運動の事例として、とてもおもしろく、かつ、有意義だと思いました。このような運動に関しては、運動のジャンルは異なりますが、私自身の過去の研究

○ 神山卓也「e-politicsにおけるサポーターの政治参加」(OA学会(現・日本情報経営学会)『オフィス・オートメーション 第41回全国大会予稿集』,2000年10月)pp.169-172

を思い出しました。上述は、経営学ではマーケティングとの境界領域や戦略論の方法論による研究が多いには、珍しく組織論の研究になります。

いずれにせよ、吉田孟史編さん、寺澤朝子,弘中史子,今田 聰,古澤和行,涌田幸宏著『コミュニティ・ラーニング―組織学習論の新展開』の、涌田幸宏「第5章 ソーシャル・ネットワーキングにおける学習のダイナミズム 『ホテル・ルワンダ』公開運動の事例」は、お薦めです。涌田氏は私の友人で、いい本が書けたというので読んでみましたが、実際、良かったです。同じ経営学徒として、私も頑張らなければ!。

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◎ お薦め大学院

○ 国際関係論 → 東洋英和女学院大学大学院国際協力研究科社会人向け共学・夜間土曜日開講

○ 経営学 → 名古屋大学大学院環境学研究科

○ 経営学 → 高知工科大学大学院起業家コース東京,大阪のキャンパスでも受講可能な社会人向け土日開講大学院

 

 

◎ お薦め本・DVD

 

 

○ 【楽天ブックス】ホテル・ルワンダDVDの検索結果

○ 【楽天ブックス】吉田孟史編さん、寺澤朝子,弘中史子,今田 聰,古澤和行,涌田幸宏著『コミュニティ・ラーニング―組織学習論の新展開』ナカニシヤ出版,2008年4月

 

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2008年5月15日 (木)

最後の家族旅行から3年目

 今日、5月15日は、3年前、今となっては亡き両親との最後の家族旅行になってしまった鹿児島旅行の日から丁度3年が過ぎた日でした。あの家族が幸せだった最後の時期の思い出の日から3年間が過ぎてしまったのだと思うと、とても悲しいです。

 先週末、5月10日と11日に16年前の家族旅行の思い出の地・木曽路馬籠妻籠に友人と行きましたが、ふと考えてみれば、その16年前の家族旅行と3年前の家族旅行の間の13年間、葬祭に伴う旅行は例外として除けば、泊まりがけの家族旅行はしていなかったことに気づきました。

 1991年にバブルがはじけて、「バスに乗り遅れた」私は目の前でドンドンとドアがしまっていく状況になり、その中で生き残りをかけて社外でも通用する資格を身に付けようとして社会人大学院進学を志したのが丁度その頃です。丁度、当初は経済学徒でしたが今日の経営学徒へ と連なる第一歩を歩み始めた時期です。昼間の本業の手も抜いてはいけない中でそれから昨年2007年に博士の学位を得るまでの間10年以上も悪戦苦闘の日 々が続き、旅行好きの両親のために旅行を企画するというような心の余裕を全く無くしていたということになります。後知恵としては時間が全く無かった訳では 無いのですが、事前に旅行の計画を立てるというような心のゆとりが無かったということです。

 悪戦苦闘している間はあっという間でしたが、その間に10年以上の歳月が過ぎてしまっていたのでした。その間、両親は老いていき、そして一昨年2006年の母昨年2007年の父と相次いで死んでしまったのでした。幸か不幸か、故郷・横浜がある神奈川県は観光名所県でもあり、事前に予定を立てなくてもその日の思いつきで日帰りで行ける観光スポットがたくさんあり、両親との楽しい思い出はたくさんあったので、泊まりがけの家族旅行を長らくしていなかった旨に気付くのが遅れてしまったのです。

 3年前の鹿児島旅行は、私が鹿児島に赴任したことに伴い、「鹿児島に遊びに行ってみたい」と旅行好きの母が言い出して両親が横浜の実家から来てくれたものですので、もしかしたら私が鹿児島に赴任していなかったら、16年前の木曽路旅行が最後の泊まりがけの家族旅行になっていたのかも知れません。

 それまでの間は、ほぼ毎年のように泊まりがけの家族旅行に行っていたのに・・・。

 後悔先に立たず。親孝行したい時に親は無し。今にして思えば、16年前の木曽路旅行から3年前の鹿児島旅行までの間に、泊まりがけの家族旅行に両親を連れて行ってあげられなかったことが、心の底から悔やまれます。と同時に、昨年までは「つい昨日」のように思えていた最後の家族旅行・鹿児島旅行が、鹿児島から名古屋に赴任して大好きな鹿児島からも離れてしまった今日、はるか遠い昔のように思われ、両親との楽しかった日が遠くなってしまったようでとても悲しいです。

 お父さん、お母さん・・・泊まりがけの家族旅行に長い間連れて行ってあげられず、ごめんなさい。元気だった最後の時期に久し振りに家族旅行ができて良かったです。そしてできれば、それを最後にしたくなかったです。今いる愛知県織田信長豊臣秀吉徳川家康の故郷で歴史ファンならば見るべきスポットに事欠かないので、歴史好きの父が存命だったら、連れて来てあげられたらきっと喜んでくれただろうなぁ・・・。鹿児島にも木曽路にも、もう一度、いや何度でも一緒に行きたいです。

 そんなことを思う一日でした。

 

◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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2008年5月11日 (日)

馬籠の宿・但馬屋

木曽路旅行で泊まった宿は、馬籠宿の民宿・但馬屋さんです。とても親切で、良かったです。夜やって下さった、いろりばた木曽節の踊り講習会も楽しかったです。亡き両親との思い出を辿って再訪したのだと話したら、親切にして下さいました。

両親との思い出の残る廃業した岩田屋とも親戚だとの由です。風呂も檜造りで、両親と泊まった岩田屋を思い出しました。

ここに泊まって良かったです。

Tajimay1 但馬屋の入り口です。馬籠宿の宿場街の通りに面しています。





Tajimay2
但馬屋の前では、かわいいタヌキの剥製がお出迎え。ちょこっと飲んべえさんのタヌキです。







Tajimay3
但馬屋の前で写した、同行した学部学生時代の親友との写真です。個人情報保護のため、顔は分からなくしてあります。






Tajimay4
但馬屋の前で写した、同行してくれた学部学生時代の親友夫妻です。亡き両親を恋い慕って偲ぶ感傷旅行に付き合ってくれました。個人情報保護のため、顔は分からなくしてあります。






Tajimay5
但馬屋には、こんな素敵ないろりがあります。







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但馬屋の風呂は檜造り。両親との思い出の廃業宿・岩田屋も檜造りでしたので、今は亡き両親を思い出すのには良かったです。





 

◎ 木曽路に関する当HP内のブログ記事

○ 馬籠宿の民宿・岩田屋の廃業

○ 木曽路へ

○ 木曽路馬籠宿

○ 馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー

○ お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

○ 馬籠の宿・但馬屋

 

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お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

お父さん、木曽路に行って来ました。昔、お母さんと三人で楽しんだ馬籠妻籠です。お母さんが死んだ後で、お父さんまで死んじゃうまでの間、何回も思い出話をした木曽路です。

お父さんとお母さんと一緒に行った時の思い出が蘇ってきました。とても良かったし、とても懐かしかったです。もう、お父さんもお母さんも天国に行っちゃったけど、16年前のあの楽しかった日とつながっているような気分になれました。

お父さん、お母さん・・・家に着いたら遺影に、懐かしい木曽路の写真を見せてあげますね。

<後刻補記> 今日、5/11(日)は母の日です。思い出の木曽路に行ったことを、帰宅後に亡母の遺影に報告しました。

 

◎ 木曽路に関する当HP内のブログ記事

○ 馬籠宿の民宿・岩田屋の廃業

○ 木曽路へ

○ 木曽路馬籠宿

○ 馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー

○ お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

○ 馬籠の宿・但馬屋

 

 

 

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○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー

馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー
馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー
馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー
馬籠峠を越えて、妻籠宿に着きました。

亡き両親との思い出の、今は廃業した民宿「岩田屋」は残念ながら見逃してしまいましたが、越えは気持ち良かったです。写真は、途中の男滝で、かつて両親と共に見た滝です。

 

◎ 木曽路に関する当HP内のブログ記事

○ 馬籠宿の民宿・岩田屋の廃業

○ 木曽路へ

○ 木曽路馬籠宿

○ 馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー

○ お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

○ 馬籠の宿・但馬屋

 

 

 

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2008年5月10日 (土)

木曽路馬籠宿

木曽路馬籠宿
木曽路馬籠宿
木曽路馬籠宿
木曽路馬籠宿に来ています。亡き両親と16年前に来た思い出の場所の感傷旅行に、大学学部時代の親友夫妻をつき合わせちゃっています。

坂道の中山道の宿場町。防衛のために道が直角になっている枡形とか、島崎藤村の藤村記念館馬籠脇本陣史料館清水屋資料館、喫茶店「かっぺ」、食事処ますやで食べた地鶏わっぱ、などなかなか良かったです。

 

◎ 木曽路に関する当HP内のブログ記事

○ 馬籠宿の民宿・岩田屋の廃業

○ 木曽路へ

○ 木曽路馬籠宿

○ 馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー

○ お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

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木曽路へ

木曽路へ
これから、大学学部時代の親友夫妻と共に、特急しなのに乗って木曽路に行きます。

亡き両親と16年前に行った思い出の工程とほぼ同じで、馬籠妻籠に行きます。

鉄道ファンとしても、ご機嫌です。

 

◎ 木曽路に関する当HP内のブログ記事

○ 馬籠宿の民宿・岩田屋の廃業

○ 木曽路へ

○ 木曽路馬籠宿

○ 馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー

○ お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

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2008年5月 6日 (火)

独りぼっちの墓参り

独りぼっちの墓参り
独りぼっちの墓参り
独りぼっちの墓参り
今日は、亡き両親の墓参りに行きました。昨年の一昨日、2007年5月4日に母の墓参りに行った時には、父がいてくれました。今年は父も、一足先に天国に行った母と一緒に眠っています。その去年の墓参りは、生前の父と一緒に行った最後の墓参りになってしまいました。

最初の写真は、昨日の日記「あぁ、父に最後に会ってから一年」に載せた写真と同じもので、上述の一年前の墓参りの写真です。次は、同じ場所からの今年の写真です。大好きな父はいなくなってしまいました。

最後の写真は、昨年、亡父と来た際に一緒に一休みして親子タバコした東屋です。もう、隣りに父はいません。昨年、父と一緒に聞いたウグイスの声が、今年も聞こえて来ました。「ホーホケキョ」という標準語のウグイスと「ホホホホホケキョ」という訛ったウグイスが混在していて、「あれは標準語、あれは訛ってら。」などという会話を父としたことを思い出しました。去年と同じようにウグイスの声は聞こえるのに、隣りにいてくれた父は、もういません。

一昨年2006年に母が死んで墓参りをするのは悲しかったけれど、それでも去年は父がいてくれました。今年は、その父も、お墓の中に入ってしまいました

お墓の前で、両親に話しかけながら、涙が止まりませんでした。

 

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○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

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2008年5月 5日 (月)

あぁ、父に最後に会ってから1年

昨年ゴールデンウィークに帰省したのが、私にとっては、生前の父と最後に会う機会になりました。もう、大好きな父と、1年会えていません。昨年2007年8月5日に父は死んでしまったので、もう二度と会うことはできません。

写真は昨年父と一緒に、亡母の墓参りに行った時の写真です。母を失って気弱になって心身共に衰弱していった父は、足腰が急速に悪くなっており、この直前は一人で墓参に行っていたようですが、この後行けていなかった模様です。多 分、私と共に墓参りに行くことを楽しみにしていながら、私が余り帰省できなかったので、母の霊に会いにお墓に行くこともできなかったのだと思うと、改めて亡父に申し訳なく思います。

そして私にとっても、大好きな父と一緒に墓参りに行くことは、もう叶いません。もう1年間父に会えていない・・・そしてこれからは、この会えていない期間は長くなることはあっても短くなることはない・・・。

あぁ・・・お父さん、会いたいよー・・・。

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○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

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友人のお父上のお通夜

今日は、新人の頃の配属先での会社同期の旧友のお父上のお通夜がありました。

お別れやご香典はご遠慮という話で、その趣旨が「来なくてもいい」か「来ねぇでくれ」かどちらか不明で、例えば家族葬か何かで行ったら場違いでご迷惑だったらどうしようと思い、直前まで行くべきか行かざるべきか迷いました。結局、式場の近くで様子を伺って、場違いだったら回れ右しようと思って出かけました。行ってみたところ、「一旦外から覗いて」という状況ではなかったため参列し、結果論としては友人の参列もアリでした。

その友人は、一昨年2006年11月11日に死んだ亡母の通夜にも、昨年2007年8月5日に死んだ亡父の通夜にも、私が以前いた、その部門の香典を取りまとめて代表として来てくれた友人二人の中の一人です。私が悲しくてボロボロ状態で崩れ落ちそうな時に来てくれたのは、私にとってはありがたかったので、上述のように「行っても構わないか否か不明」状況でも「自分は行かなきゃ」と思った訳です。特に、亡父の時には孤独死させてしまって父に申し訳なかったし、突然のことだしショックだし悲しいし、心底崩れ落ちそうな状況だったので、来てくれたことが心の支えになったのでした(他の友人も同様)。元々、公(仕事)の上でも私(友情)の上でも、仲間としては理想的とは言い難い私にも優しく付き合ってくれる友人だったので、ただでさえ「足を向けて寝ちゃぁ、渡世の仁義が通らねぇだろ!」という友人の中の一人だったことに加えて、上述のような当家葬儀の際の恩義があったので、なおさらです。

こんな経緯があったため、自分の亡き両親への思いがその友人の悲しみにシンクロしてしまい、読経の際に自分が泣き出しそうになってしまいました。故人と面識のない参列者が泣くのは変だし、「その友人が涙をこらえているのに自分がないちゃぁ、べらぼうにマズイだろ」と思い、必死になって涙をこらえました。

式後、その友人が参列者に挨拶に来た際、それまでこらえていたその友人が、私と話した途端に涙をこぼし、私ももう我慢しなくてよいのだと悟ったので涙をこらえることを止めました。父を亡くした者同士、感情がシンクロして共鳴している旨が分かったからです。周囲の、かつての拙職場の先輩や仲間達も、その友人と私の感情のシンクロや共鳴が分かった模様でした。

私も辛かったけど、その友人も辛ぇだろうなぁ、と思いました。若かりし頃は、家族を亡くす悲しみは頭では察しても心でシンクロしたり共鳴したりすることは無かったのですが、自分が親を亡くすとよく分かります。分かってしまうことが悲しい、決してうれしくはない、心の成長です。

なお、葬儀の際、「孫一同」名義の花輪があったのを見て、その友人は、私とは異なり親孝行で「やるべきことはやった」見送り方ができたのだと思いました。売れ残り独身の私は、孫の顔を亡父や亡母に見せてあげることが叶いませんでした。私も、その友人のように、亡父や亡母に孫の顔を見せたかったなぁ・・・。

 

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○ 父の死の状況

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○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

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お父さん、お母さん、行かないで

拙ブログ日記「ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・」に載せた写真を見ています(以下の2写真は同ブログ日記の再掲)。

060528_12510001両親の生前、2006年5月28日に横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。









P5280024フラワー・プロムナードのバラ園での、亡父の後姿です。





親子3人揃っての最後の思い出になった、一昨年2006年5月に2回に渡って行った、今は無き横浜プリンスホテルのフラワー・プロムナードに行った際の上の2写真を見ていると、その後に相次いで死んだ両親が、後ろ姿を見せたまま消えてしまったように思われて悲しくなります。

お父さん、お母さん、私を残して行かないで・・・

2006年11月11日に母を、2007年8月5日に父を相次いで亡くした私には、今この写真を見直すと、思わず、「行かないで~!」と叫びたくなります。わずか2年前の5月には親子三人揃っていたのに・・・。

060505_13400001両親の生前、2006年5月5日に横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。横浜プリンス・ホテルも消えてしまい、両親も死んでしまった今日、もう二度と戻って来ない情景です。丁度二年前の今日です。





060505_13400002両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。






060528_14280001両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。





P5280041両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。






Im580006両親の生前、丁度3年前2005年の5月の最後の家族旅行になった鹿児島旅行の際に、岩崎美術館で撮った亡父と亡母の写真






Im580005両親の生前、丁度3年前2005年の5月の最後の家族旅行になった鹿児島旅行の際に、岩崎美術館で撮った亡父と亡母の写真






Im580004両親の生前、丁度3年前2005年の5月の最後の家族旅行になった鹿児島旅行の際に、岩崎美術館で撮った亡母と私の写真





 

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デニーズの思い出の席(デニーズ、頑張れ!)

実家の片づけをしに帰省していながら、独りぼっちの家で亡父や亡母を思い出して泣き暮らしている内に何もできていない駄目な私・・・父が存命だったら叱られただろうなぁ・・・。

亡き両親との思い出が籠もる大好きで懐かしいファミレス・デニーズで飯食っています。昨年のGWに亡父と座って、亡母の思い出話をした席です。もう、父もいません。母の思い出を共に語れる人は誰もいなくなってしまいました。去年までは父も一緒だったのに。一昨年までは母も一緒だったのに・・・。

お父さん、お母さん、会いたいです。母の時父の時も、親不孝な見送り方しかできず、ごめんなさい。怒っていなかったら、幽霊でも夢の中でもいいから会いに来て欲しいです。

報道によれば、デニーズはファミレス業界の荒波を乗り越えるために、店舗のリストラをするそうです。ファミレスも含めた広い意味での観光&飲食業界は、実は思い出を売る業界なので寂しいですが、生き残りのためには仕方がないと思います。でも、この思い出の残る店と、我が家が初めてデニーズを知った松戸店は残しておいて欲しいなぁ、と切実に思います。両親とも亡くしてまだ一年過ぎていないのに、最近思い出のスポットがドンドン消えたり、消えていた旨を知ったりすることが多いので、悲しく寂しいです。この店には、残っていて欲しいです。

 

◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事

○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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2008年5月 4日 (日)

父も母もいない独りぼっちのGW

今日は、故郷・横浜の実家の荷物整理に来ていながら、父も母もいなくなってしまった実家に独りぼっち、悲しくて寂しくて虚無感で何もできないでおります。

三年前2005年には、私が鹿児島に赴任していた時にはゴールデン・ウィーク(以降、GWと略)に帰省しませんでしたがそれは同月中に両親が鹿児島に遊びに来てくれる予定があったためで、(GWではなく同月中の別の週末でしたが)今にして思えば最後の家族旅行になってしまった親子三人の鹿児島旅行を楽しみました。戻れるものなら戻りたい、と私が思う最後の時期です。

一昨年2006年のGWに帰省した際には、今にして思えば、約半年後の母の死に至る体調崩れの契機になった、2005年暮れにもやもや病に起因する脳溢血の発作で倒れてから退院した後で死に向かって進んでいた時期ではあるとは申せ、それでも母が退院してくれて実家には生前の母がいてくれて、親子3人揃っていました。親子三人が揃っていた最後のGWです。今では無くなってしまった横浜プリンス・ホテルフラワー・プロムナードに行きました。家族が楽しかった最後の時期です。

その後、2006年11月11日に母が死んでしまい、昨年2007年のGWには残された亡父と二人だけのGWでした。母を失って親子で悲しんでいましたが、父と一緒に母の墓参りに行きながら母の思い出話をして過ごしました。それはそれで悲しい時期だとは思っておりましたが、昨年2007年8月5日に父まで失ってしまったので、今となっては二度と戻って来ない日々になってしまいました。

もっと昔に遡れば、GWは親子で鎌倉や横須賀に遊びに行ったりして、とても楽しいものでした。家族揃って横浜に近い鎌倉が大好きで毎年のように遊びに行きました。鶴ヶ丘八幡宮は大好きだったし、円覚寺に行って北条時宗廟を見たり茶屋でリスを見て楽しんだり、鎌倉宮に行ったり、そこで見つけたかえで茶屋で鳩サブレならぬリスサブレを見つけて楽しんだり、亡母が大好きだった銭洗弁天に行ったり、小町通りの喫茶店「門」に行ったり・・・。鎌倉には頻繁に行っていたので、今となっては「あれはいつだっけ?」状況ですが、拙個人公式WEBサイト「Noblesse Oblige カミタクの部屋」中の「短歌の部屋」掲載の

○ 円覚寺の茶屋に休めば目の前を灰色のリスが駈けて行きたり

○ 手を伸ばさば届かむばかりにすぐ近くリスとしばしを眼合ひたり

○ 新しき菓子リスサブレーを見つけたり鎌倉の加藤さんも知らないだらう

などの平成11年(1999年)の拙短歌作品を読み直してみれば、 、円覚寺鎌倉宮に行ったのは1999年のことだと思い出しました。もう、年月が過ぎちゃったのだなぁ・・・と思います。

残された亡父の記録に、丁度10年前、1998年に一緒に三浦半島観音崎に遊びに行ったことが記されていて、父にとっても大切な思い出になったのだと、父の死後に知りました。観音崎京急ホテルのレストラン「浜木綿」が私のお気に入りのスポットで、そこに一緒に遊びに行ったり観音崎灯台を見に行ったりしたのです。横須賀では、軍港めぐりを楽しんだのも、2003年のGWのことです。観音崎にせよ横須賀にせよ、両親と一緒に三浦半島を行ったのはとても楽しく、もう、二度と戻って来ないんだなぁ、と思います。

いつも、いつもGWや正月に帰省すれば両親はいてくれたのに・・・独りぼっちになっちゃった・・・。お父さん・・・お母さん・・・会いたいよー。 あんなに優しくしてくれたのに、親不孝な見送り方しかできなかった・・・。死んでしまったことが悪い夢か何かで、目覚めれば父や母がいてくれたら良いので すが。会いたい。寂しい。悲しい。私は、独りぼっちになってしまった・・・。

<追伸補記>
 両親とのGWの思い出を思い出している内に、2001年にはよこはま動物園ズーラシアに行ったことを思い出しました。ズーラシアには、孫悟空のモデルとも言われている絶滅危惧種の貴重な猿・キンシコウが当時いました。それを見た亡父が語ってくれたところでは、キンシコウは当初は同じ横浜市内でも横浜市立金沢動物園にいて、或る日そこに行ったところ、「キンシコウキンシコウと楽しみにしながら来ていた子供が、キンシコウが移設されたのを知ってがっかりしていた」光景に出くわし、「猿の絶滅危惧種の大切さが分かって楽しみにしている子供がいるということはは、日本の子供のレベルの高さだと感心した」という話をしてくれました。何の変哲もない会話の思い出ですが、ズーラシアに行ってそんな会話を亡父とする機会はもうありません。その思い出のキンシコウも、横浜市の動物園の発表
http://www.hama-zoo.org/zoorasia/archives/2007-1101-1353-1.htmlhttp://www.hama-zoo.org/zoorasia/archives/2007-1101-1353-1.html
http://www.city.yokohama.jp/me/kankyou/kisha/h19/071101-2.html
によれば、中国に里帰りしてしまったとの由です。どんどん思い出のスポットなどが消えて行ってしまう・・・ああ・・・。

昔は父がいてくれて母がいてくれて、楽しかったのに・・・。私は独りぼっちだ・・・。

 



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○ 亡き両親との思い出のデニーズ

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