最後の家族旅行から3年目
今日、5月15日は、3年前、今となっては亡き両親との最後の家族旅行になってしまった鹿児島旅行の日から丁度3年が過ぎた日でした。あの家族が幸せだった最後の時期の思い出の日から3年間が過ぎてしまったのだと思うと、とても悲しいです。
先週末、5月10日と11日に16年前の家族旅行の思い出の地・木曽路の馬籠と妻籠に友人と行きましたが、ふと考えてみれば、その16年前の家族旅行と3年前の家族旅行の間の13年間、葬祭に伴う旅行は例外として除けば、泊まりがけの家族旅行はしていなかったことに気づきました。
1991年にバブルがはじけて、「バスに乗り遅れた」私は目の前でドンドンとドアがしまっていく状況になり、その中で生き残りをかけて社外でも通用する資格を身に付けようとして社会人大学院進学を志したのが丁度その頃です。丁度、当初は経済学徒でしたが今日の経営学徒へ と連なる第一歩を歩み始めた時期です。昼間の本業の手も抜いてはいけない中でそれから昨年2007年に博士の学位を得るまでの間10年以上も悪戦苦闘の日 々が続き、旅行好きの両親のために旅行を企画するというような心の余裕を全く無くしていたということになります。後知恵としては時間が全く無かった訳では 無いのですが、事前に旅行の計画を立てるというような心のゆとりが無かったということです。
悪戦苦闘している間はあっという間でしたが、その間に10年以上の歳月が過ぎてしまっていたのでした。その間、両親は老いていき、そして一昨年2006年の母、昨年2007年の父と相次いで死んでしまったのでした。幸か不幸か、故郷・横浜がある神奈川県は観光名所県でもあり、事前に予定を立てなくてもその日の思いつきで日帰りで行ける観光スポットがたくさんあり、両親との楽しい思い出はたくさんあったので、泊まりがけの家族旅行を長らくしていなかった旨に気付くのが遅れてしまったのです。
3年前の鹿児島旅行は、私が鹿児島に赴任したことに伴い、「鹿児島に遊びに行ってみたい」と旅行好きの母が言い出して両親が横浜の実家から来てくれたものですので、もしかしたら私が鹿児島に赴任していなかったら、16年前の木曽路旅行が最後の泊まりがけの家族旅行になっていたのかも知れません。
それまでの間は、ほぼ毎年のように泊まりがけの家族旅行に行っていたのに・・・。
後悔先に立たず。親孝行したい時に親は無し。今にして思えば、16年前の木曽路旅行から3年前の鹿児島旅行までの間に、泊まりがけの家族旅行に両親を連れて行ってあげられなかったことが、心の底から悔やまれます。と同時に、昨年までは「つい昨日」のように思えていた最後の家族旅行・鹿児島旅行が、鹿児島から名古屋に赴任して大好きな鹿児島からも離れてしまった今日、はるか遠い昔のように思われ、両親との楽しかった日が遠くなってしまったようでとても悲しいです。
お父さん、お母さん・・・泊まりがけの家族旅行に長い間連れて行ってあげられず、ごめんなさい。元気だった最後の時期に久し振りに家族旅行ができて良かったです。そしてできれば、それを最後にしたくなかったです。今いる愛知県は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の故郷で歴史ファンならば見るべきスポットに事欠かないので、歴史好きの父が存命だったら、連れて来てあげられたらきっと喜んでくれただろうなぁ・・・。鹿児島にも木曽路にも、もう一度、いや何度でも一緒に行きたいです。
そんなことを思う一日でした。
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