父がいなくなってしまった父の日
今日は父の日だったらしいです。
一昨年2006年11月11日に母が死んでしまい、昨年からは、贈りたくても母の日にプレゼントを贈れなくなってしまいました。
昨2007年の父の日には、当時の赴任地・鹿児島から横浜の実家の父に、越乃寒梅を父の日のプレゼントで贈り、喜んで貰えました。その際の父との電話は、つい昨日のようです。
ところが、昨2007年8月5日に父まで急死してしまいました。転勤族の私は、無念なことに最愛の父を孤独死させてしまいました。
昨年の日記にも書きましたが父の死後、越乃寒梅は栓を抜かずに残っていました。亡父は、私が帰省したら一緒に飲みたかったのでしょう。「帰省できなくて、ごめんなさい」。私は泣きながら、遺影と化してしまった父と晩酌しました。生きていてくれる父と飲みたかった越乃寒梅。亡父は、どれだけ私の帰省を楽しみにしていたことでしょう。
父までいなくなってしまった今年は、母の日だけでなく、父の日にも贈り物をすることは叶いません。親孝行したい時には親は無し。悲しくて、寂しいです。
昔は、父の日にも母の日にもあまりプレゼントしていませんでした。贈れなくなる日が来ちゃうとキチンと認識できていたら、両親の生前、もっと元気だった頃からプレゼントしておけば良かったと思います。
◎ 両親の死に関連する当ブログ内の他の日記記事
○ 母の死
○ 母の死・その2
○ 今度は父の死亡
○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか
○ 父の死の状況
○ 父の孤独死
○ 1年前の昨日
○ 今日は母の命日
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コメント
カミタクさんこんばんわ。先日14日に父のの一周忌と翌日納骨式を行いました。
一年て早いです。父がしんどくなる前から私は父と喧嘩をし話をしなくなりました。
それが原因でストレスを溜めさしてしまい癌になってしまったのかと自分を責めたりもしました。
でもいつまでも悲しんではいけません、大切な母の支えにならないと^^
投稿: しえ | 2008年6月17日 (火) 22時30分
しえさん、ご来訪ありがとうございます。
無事に一周忌の法要を済ませたとの由、何よりです。お父様はきっとしえさんのことを、天国からも愛していると思いますよ。
お母様がご健在との由ですので、支えになってあげて下さい。お父様の思い出話をお母様とすることができる、ということは、素敵なことだと思います。私も、母の死後、亡母の思い出話を亡父としていた時期は、その時点では悲しいと思っていましたが、今にして思えばとても貴重で大切な日々でした。お母様と大切な時間を過ごしていただきたいと思います。
投稿: カミタク | 2008年6月18日 (水) 00時02分
こんにちわ!はじめまして!先日、私のブログ「篤姫と維新の志士たち」にご連絡頂きまして、ありがとうございます。私も、まだブログ始めたばかりです。現在、病気療養中で、仕事を休職しており、何か、やらなければ、と言う気持ちではじめました。なかなか、カミタクさんみたいに、良いものを作るのは、むつかしいな!と感じながらやっています。今は、これだけが楽しみです。私も転勤を繰り返していまして、なかなか大変です。また、ご連絡、お待ちします。それでは
投稿: 益山誠 | 2008年8月17日 (日) 01時08分
益山誠さん、コメントありがとうございます。私の鹿児島PR作戦は、1経営学徒として、「SEMによる訪問型営業プロモーション・モデル」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/STUD0021.HTM
という手法を用いて鹿児島の地域もマーケティングを行い、地域活性化を行うことを趣旨とするものです。この方法については、拙博士学位論文神山(2007)「地方都市の地域産業振興 - 産業構造の変化に対応していかに地域が生き残るか:鹿児島の観光食料産業クラスターと創業支援を例にして -」
http://hdl.handle.net/10173/279
にも載せております。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
<注:他の方のための補足>
拙HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
内の「西郷洞窟訪問記」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/KAGKAN84.HTM
からブログ記事「西南戦争・最後の司令塔(西郷洞窟)を訪れて」
http://blog.goo.ne.jp/kamoike_001/e/566f2c9ee6d7a022e3495d1392561fff
へのリンク報告に関するお礼をいただいたものです。
投稿: カミタクこと神山卓也 | 2008年8月17日 (日) 19時15分