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2016年3月21日 (月)

【長文注意】5年後の東日本大震災被災地と観光での復興応援・4/6:南三陸町

 当日記記事は、mixiに載せた日記「【長文注意】5年後の東日本大震災被災地と観光での復興応援・4/6:南三陸町」の自己転載です。

 これは、「食っていけなきゃ、(被災地の生存者は)生き残れない」という見地から、過去の拙日記記事「【長文注意】頭では自粛はいけないと分かっていても、「申し訳なさ」を感じる方へ~自分の立場でできることの一環としての提案」で提案した、「『泣きながら観光』というものがあってもいいじゃないか」という発想に基づいて、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災被災地を観光客として5年後に訪問した状況の、被災地の観光産業振興(産業連関波及効果を期待すれば全産業)の応援を趣旨とする観光案内と兼ねた報告の続きで、ここでは、宮城県 本吉郡もとよしぐん南三陸町について報告します。

 以下の写真は、JR東日本 BRT 気仙沼線の車窓から写した、宮城県 本吉郡 南三陸町志津川町(しづがわちょう)地域の代表駅である、同線のBRTの訪問時2016年2月現在志津川駅地図,住所:宮城県本吉郡南三陸町志津川字(あざ)御前下)の2016年2月現在の写真です。南三陸町観光協会2012.12.22d付お知らせ「BRTの停留所[志津川駅]が南三陸さんさん商店街前に移転しました」,ならびにフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』志津川駅によれば、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災以前の旧・鉄道志津川駅地図,住所:宮城県本吉郡南三陸町志津川中瀬町32-6)から、復興のための仮設商店街・南三陸さんさん商店街公式HP地図,住所:宮城県本吉郡南三陸町志津川御前下59-1)敷地内の現在地に、平成24年(2012年)12月22日に移転したとの由です。河北新報2015年09月30日付記事「<南三陸さんさん商店街>後継施設、開業延期」によればリンク先URLは2016年3月現在南三陸さんさん商店街公式HP地図)は、同町五日町周辺(この辺り(地図))の高台かさ上げ工事中の観光交流拠点地区の後継新商業施設の開業予定日が平成28年(2016年)12月から平成29年(2017年)3月に延期になったとの由ですので、言い換えれば、南三陸さんさん商店街公式HP地図)の営業期間は、平成29年(2017年)3月までの予定であるとの由です。2016年3月現在JR東日本 志津川の情報に載っている志津川駅の住所は旧・鉄道志津川駅地図)のものであることと、先述のとおり南三陸さんさん商店街公式HP地図)の営業期間が平成29年(2017年)3月までの予定であることとに併せて鑑(かんが)みれば、平成29年(2017年)3月に南三陸さんさん商店街公式HP地図)が後継新商業施設に移転したら、BRT志津川駅も、旧・鉄道志津川駅の場所(地図)に再移転する可能性があり得ます旨、お含みおき下さい。なお、詳しくは次段落で後述するとおり、南三陸さんさん商店街公式HP地図)最寄りにある南三陸ポータルセンター地図)2棟の内、木造平屋建の方は仮設的な建物ではないため、南三陸さんさん商店街公式HP地図)が後継新商業施設に移転した後でも、この地に残る可能性があると推測します(注:確認した上での事実ではなく、推測です)。もしも、南三陸ポータルセンター地図)の内の木造平屋建の方が推測どおり仮設ではなく残るものであった場合には、駅に関する推測どおりにBRT志津川駅が元々の場所に戻った後でも、訪問時2016年2月現在の場所(地図)にも、何らかの名称に駅名を変更して駅が残る可能性があり得るのではないか、と推測します。

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 以下の地図は、南三陸さんさん商店街公式HP)の地図です。

 

 以下の動画は、YouTubeに載っていた、「南三陸町志津川高校から見た津波の様子 Tsunami attacking in Minami-Sanriku」という動画です。

 以下の動画は、YouTubeに載っていた、「津波到達から引き波、そして爪痕まで...南三陸町・歌津住民の記録」という動画です。

 以下の動画は、YouTubeに載っていた、「東日本大震災 南三陸町伊里前湾大津波」という動画です。

 以下の動画は、YouTubeに載っていた、「大きな被害を受けた南三陸町 [震災3日目]」という動画です。

 

 以下の写真は、JR東日本 BRT 気仙沼線の車窓から写した、交流拠点・南三陸ポータルセンター地図,住所:宮城県本吉郡南三陸町志津川御前下51-1,Tel.:0226-47-2550(南三陸町観光協会),営業時間:9:00~18:00)のものであり、南三陸さんさん商店街公式HP地図)に隣接しています。南三陸町観光協会ポータルセンターによれば、南三陸ポータルセンター地図)は大型テントを活用した仮設施設と、木造平屋の2建物があるとの由です。この写真は、大型テントを活用した仮設施設の方であろうと思います。「仮設」ということはいずれなくなるのであろうと推測しますが、木造平屋の建物の方は「仮設」ではないため、恒久的に残る可能性もあり得るのではないか、と推測します。同情報源によれば、南三陸ポータルセンター地図)は、教育旅行の受け入れ、各種イベント、ワークショップ等々、町外との交流の拠点になる施設であるとの由であり、また、2016年3月現在南三陸町観光協会の事務所も南三陸ポータルセンター地図)にあるとの由です。

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 以下の写真は、JR東日本 BRT 気仙沼線の車窓から写した、南三陸町防災対策庁舎地図,住所:宮城県本吉郡南三陸町志津川塩入77)です。この南三陸町防災対策庁舎地図)は、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災の津波被害の際の、「防災庁舎の悲劇」や「命がけの放送」で有名な所です。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』南三陸町防災対策庁舎によれば、東日本大震災の津波被害の際に、南三陸町の災害対策本部が南三陸町防災対策庁舎地図) の2階に設けられたため、町役場の職員がこの建物に詰めていたところ、屋上の床上約2mの高さまで津波が押し寄せたため、屋上に逃れた30人中の生還でき た11名を除いて、この建物に詰めていた職員や住民が津波で流されて犠牲になったという建物です。町役場の女性職員が津波が来たために町民に避難を呼びか ける放送を、南三陸町防災対策庁舎地図)が津波に襲われる直前まで続けた上で自分は津波被害の犠牲になった悲しい話は、同時代のニュースを聞いた者ならば情報源を明記する必要性も無い程に有名な話です。

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 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』南三陸町防災対策庁舎によれば、2016年3月現在南三陸町防災対策庁舎地図)を震災遺構として残すか否かについては賛否両論があったとの由で、町は解体の意向であり、県と復興庁は保存に前向きな意向であるとの由です。同情報源によれば、2016年3月現在南三陸町防災対策庁舎地図)は、2031年まで宮城県が管理(保存)する事となったとの由です。平成28年(2016日)2月22日(月)の訪問時には、南三陸町の高台かさ上げ工事が進んでいる最中であり、この南三陸町防災対策庁舎地図)は高台化される以前の旧地表上に建っているため、谷底に遺構があるかのように見える状況でした。遺族の方々にとっては、この遺構が残ると見るのが辛いであろうとは拝察申し上げますので残ることの是非についてはここでは申し上げませんが、2031年までは残ることが既に決まっていることはを前提・与件として申せば、この建物に向き合う際には、この遺構があることによって防災への意識が薄れないように後世に伝えていくことが、亡くなられた方々の尊い命の犠牲はもちろんのこと、それに加えて、この遺構が残ると見るのが辛い遺族の方々の「心の犠牲」を無駄にしないことなのではないか、と思いました。

 磯田道史天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災中公新書,2014年11月)pp.185-186,ならびに宮城県神社庁公式WEBサイト上山八幡宮によれば、南三陸町上山八幡宮(かみのやまはちまんぐう)地図,住所:宮城県本吉郡南三陸町志津川上の山27-2)は、昭和35年(1960年)5月24日のチリ地震津波の際には、今日の南三陸町防災対策庁舎地図)隣接地に鎮座されていたところ、チリ地震津波で被災したため、現在地に遷座されたとの由です。上山八幡宮旧社地や南三陸町防災対策庁舎地図)の字(あざ)単位の地名「塩入」ですが、天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災pp.185-186によれば、「塩入」とは、江戸時代に津波や高潮の被害を受けた場所につけられた地名であるとの由です。このため、同書の著者・磯田道史氏は、「塩入」という地名の場所に南三陸町防災対策庁舎地図)を建ててはいけなかったのだと、指摘しておられます。

 以下の動画は、YouTubeに載っていた、「【KSM】東日本大震災 宮城・南三陸町住民救った「高台に避難してください」遠藤未希さん」という動画です。

 以下の動画は、YouTubeに載っていた、「南三陸町防災庁舎 2011・3・11」という動画です。

 

 以下の写真は、JR東日本 BRT 気仙沼線の車窓から写した、宮城県 本吉郡 南三陸町志津川町地域の平成28年(2016日)2月22日(月)の訪問時の状況です。高台かさ上げ工事が進められている状況が、よく分かると思います。

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以下の写真は、JR東日本 BRT 気仙沼線の車窓から写した、南三陸町ベイサイドアリーナ地図,住所:宮城県南三陸町志津川沼田56番地)です。南三陸町ホームページ(南三陸町役場)東日本大震災による被害の状況についてによれば(リンク先URLは2016年3月現在)、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災の際には、当初は2016年3月現在南三陸町防災対策庁舎地図)に設けられた南三陸町津波災害対策本部が、同庁舎自体が先述のとおり津波で被災したため、翌3月12日13時に、南三陸町総合体育館であった南三陸町ベイサイドアリーナ地図)に移転したとの由です。2016年3月現在南三陸町ベイサイドアリーナ地図)には、BRT 気仙沼線ベイサイドアリーナ駅地図)があります。

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 以下の写真は、JR東日本 BRT 気仙沼線の車窓から写した、「鉄路の廃墟」の写真と、鉄道跡地を利用したBRTバス専用道路の写真です。

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 以下の写真は、JR東日本 BRT 気仙沼線の車窓から写した、一般道路にあった津波到達地点の道路標識です。もう一度津波に襲われたときに、この道を走るドライバーの命がこれで救われることを、思わず願いました。

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 宮城県 本吉郡 南三陸町志津川町地域は、志津川湾解説,  地図)に面しています。JR東日本 BRT 気仙沼線は、南三陸町では旧志津川町地域だけでなく旧歌津町地域も沿線としています。私も、歌津駅地図,住所:宮城県本吉郡南三陸町歌津字伊里前189)等の旧歌津町地域の駅を、JR東日本 BRT 気仙沼線で通り過ぎました。

 なお、宮城県 本吉郡 南三陸町の温泉地には、旧志津川町地域の南三陸温泉があります。

 平成28年(2016年)2月現在、宮城県 本吉郡 南三陸町への行き方は、先述した話の繰り返しになりますが、宮城県 仙台市仙台駅地図,住所:仙台市青葉区中央1丁目1-1)からJR東日本 東北本線小牛田駅(こごたえき)地図,住所:宮城県遠田郡美里町字藤ケ崎町117)に行き、小牛田駅地図)でJR東日本 石巻線に乗り換えて、石巻線前谷地駅(まえやちえき)地図,住所:宮城県石巻市前谷地字中埣136-4)に行き、鉄道の駅舎前のBRTの前谷地駅地図)でJR東日本 BRT 気仙沼線に乗り換えれば、行けます。或いは、前谷地駅地図)から、JR東日本 気仙沼線の鉄道存続区間の終点である柳津駅(やないづえき)地図,住所:宮城県登米市津山町柳津字谷木196)に鉄道で行き、そこで乗り換えてもBRT 気仙沼線に乗れます。小牛田駅地図)へは、JR東日本東北新幹線古川駅地図,住所:宮城県大崎市古川駅前大通1丁目7-35)に行き、古川駅地図)でJR東日本 陸羽東線に乗り換えても行けます。古川駅地図)経由で行く場合以外の行き方で起点になる仙台駅地図)へは、JR東日本東北新幹線等で行くことができる他、空路でお越しの方は、仙台空港地図,住所:宮城県名取市下増田字南原)に着いた後、仙台空港駅地図,住所:宮城県名取市下増田字南原)から仙台空港アクセス線仙台空港鉄道 仙台空港線東北本線)で行くことができます。

→  JR東日本公式WEBサイト

→  JR東日本気仙沼線・大船渡線BRT(バス高速輸送システム)(リンク先URLは2016年3月現在)

 宮城県 本吉郡 南三陸町の町内の路線バスは、BRT 気仙沼線自体が町内の大動脈です。この他、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』南三陸町町民バスによれば、南三陸町コミュニティバス南三陸町町民バス」が走っていたとの由ですが、南三陸町ホームページ(南三陸町役場)公共交通(災害臨時バスの運行など) によれば(リンク先URLは2016年3月現在)、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災以後、平成23年(2011年)5月9日 月曜日 から運行している「災害臨時バス」が走っているとの由です。将来、この名称に変更があるか否かは、現時点(平成28年(2016年)3月現在)では、存じ上げません。

→  JR東日本公式WEBサイト

→  JR東日本気仙沼線・大船渡線BRT(バス高速輸送システム)(リンク先URLは2016年3月現在)

→  南三陸町ホームページ上のキーワード「バス+公共交通」のgoogle検索結果

 

 宮城県 本吉郡 南三陸町の観光やボランティアの案内等については、以下のリンク先でお調べいただけます。

<南三陸町>

→  【楽天トラベル】南三陸町のホテル・旅館の検索結果一覧

→  【楽天トラベル・温泉宿予約】南三陸温泉

→  (一社)南三陸町観光協会公式ホームページ

→  南三陸町観光協会公式Facebookページ

→  南三陸町ボランティアセンター

→  南三陸商工会

→  南三陸応縁団

→  南三陸なう

→  南三陸町(南三陸町役場)

→  南三陸町公式Facebookページ

→  みやぎ三陸黄金海道(みやぎ三陸黄金海道観光推進協議会ホームページ)

<宮城県全般>

→  【楽天トラベル】宮城県の宿泊予約・旅行案内

→  【楽天トラベル・温泉宿予約】宮城県の温泉地

→  【楽天トラベル・たびノート】宮城県の観光スポット

→  宮城まるごと探訪((公社)宮城県観光連盟)

→  笑顔咲くたび 伊達な旅 仙台・宮城(仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会公式サイト)

→  みやぎ復興ツーリズムガイド

→  みやぎ観光復興支援センター スタッフブログ

→  宮城県庁

<東北全般>

→  【楽天トラベル】東北の宿泊予約・旅行案内

→  東北物語(観光庁東北物語事務局)

→  旅*東北(東北観光推進機構)

→  三陸復興国立公園(環境省)

→  東北・夢の桜街道(東北・夢の桜街道推進協議会)

 

 

(今日の日記内容とは無関係ですが)
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・ 神山(2007)「地方都市の地域産業振興 - 産業構造の変化に対応していかに地域が生き残るか:鹿児島の観光食料産業クラスターと創業支援を例にして -」  高知工科大学大学院工学研究科基盤工学専攻(起業家コース)博士学位論文.

 

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