2008年5月11日 (日)

お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

お父さん、木曽路に行って来ました。昔、お母さんと三人で楽しんだ馬籠妻籠です。お母さんが死んだ後で、お父さんまで死んじゃうまでの間、何回も思い出話をした木曽路です。

お父さんとお母さんと一緒に行った時の思い出が蘇ってきました。とても良かったし、とても懐かしかったです。もう、お父さんもお母さんも天国に行っちゃったけど、16年前のあの楽しかった日とつながっているような気分になれました。

お父さん、お母さん・・・家に着いたら遺影に、懐かしい木曽路の写真を見せてあげますね。

<後刻補記> 今日、5/11(日)は母の日です。思い出の木曽路に行ったことを、帰宅後に亡母の遺影に報告しました。

 

◎ 木曽路に関する当HP内のブログ記事

○ 馬籠宿の民宿・岩田屋の廃業

○ 木曽路へ

○ 木曽路馬籠宿

○ 馬籠峠を越えて妻籠宿に着いたぞー

○ お父さん、思い出の木曽路に行って来たよ

○ 馬籠の宿・但馬屋

 

 

 

温泉天国・鹿児島温泉紹介!

 

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○ 母の死

○ 母の死・その2

○ 鹿児島での母との思い出の場所

○ 今度は父の死亡

○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸

○ 両親との思い出のデニーズ

○ 父が見られなかった歌舞伎観劇ツアー

○ 両親がお世話になった保険代理店

○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか

○ 父の死の状況

○ ついつい実家に電話してしまう

○ 無事、父の納骨が終わりました。

○ 両親に会いに行きました(墓参り)

○ 父の孤独死

○ お父さん、歌舞伎観劇楽しんでいただけましたか?

○ 両親と歌舞伎にはもう行けない

○ 1年前の昨日

○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要

○ 亡母の一周忌法要をしました。

○ 今日は母の命日

○ 亡き両親との思い出のデニーズ

○ ああ、1年前の今日

○ ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・

○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。

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2008年5月 6日 (火)

独りぼっちの墓参り

独りぼっちの墓参り
独りぼっちの墓参り
独りぼっちの墓参り
今日は、亡き両親の墓参りに行きました。昨年の一昨日、2007年5月4日に母の墓参りに行った時には、父がいてくれました。今年は父も、一足先に天国に行った母と一緒に眠っています。その去年の墓参りは、生前の父と一緒に行った最後の墓参りになってしまいました。

最初の写真は、昨日の日記「あぁ、父に最後に会ってから一年」に載せた写真と同じもので、上述の一年前の墓参りの写真です。次は、同じ場所からの今年の写真です。大好きな父はいなくなってしまいました。

最後の写真は、昨年、亡父と来た際に一緒に一休みして親子タバコした東屋です。もう、隣りに父はいません。昨年、父と一緒に聞いたウグイスの声が、今年も聞こえて来ました。「ホーホケキョ」という標準語のウグイスと「ホホホホホケキョ」という訛ったウグイスが混在していて、「あれは標準語、あれは訛ってら。」などという会話を父としたことを思い出しました。去年と同じようにウグイスの声は聞こえるのに、隣りにいてくれた父は、もういません。

一昨年2006年に母が死んで墓参りをするのは悲しかったけれど、それでも去年は父がいてくれました。今年は、その父も、お墓の中に入ってしまいました

お墓の前で、両親に話しかけながら、涙が止まりませんでした。

 

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2008年5月 5日 (月)

あぁ、父に最後に会ってから1年

昨年ゴールデンウィークに帰省したのが、私にとっては、生前の父と最後に会う機会になりました。もう、大好きな父と、1年会えていません。昨年2007年8月5日に父は死んでしまったので、もう二度と会うことはできません。

写真は昨年父と一緒に、亡母の墓参りに行った時の写真です。母を失って気弱になって心身共に衰弱していった父は、足腰が急速に悪くなっており、この直前は一人で墓参に行っていたようですが、この後行けていなかった模様です。多 分、私と共に墓参りに行くことを楽しみにしていながら、私が余り帰省できなかったので、母の霊に会いにお墓に行くこともできなかったのだと思うと、改めて亡父に申し訳なく思います。

そして私にとっても、大好きな父と一緒に墓参りに行くことは、もう叶いません。もう1年間父に会えていない・・・そしてこれからは、この会えていない期間は長くなることはあっても短くなることはない・・・。

あぁ・・・お父さん、会いたいよー・・・。

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友人のお父上のお通夜

今日は、新人の頃の配属先での会社同期の旧友のお父上のお通夜がありました。

お別れやご香典はご遠慮という話で、その趣旨が「来なくてもいい」か「来ねぇでくれ」かどちらか不明で、例えば家族葬か何かで行ったら場違いでご迷惑だったらどうしようと思い、直前まで行くべきか行かざるべきか迷いました。結局、式場の近くで様子を伺って、場違いだったら回れ右しようと思って出かけました。行ってみたところ、「一旦外から覗いて」という状況ではなかったため参列し、結果論としては友人の参列もアリでした。

その友人は、一昨年2006年11月11日に死んだ亡母の通夜にも、昨年2007年8月5日に死んだ亡父の通夜にも、私が以前いた、その部門の香典を取りまとめて代表として来てくれた友人二人の中の一人です。私が悲しくてボロボロ状態で崩れ落ちそうな時に来てくれたのは、私にとってはありがたかったので、上述のように「行っても構わないか否か不明」状況でも「自分は行かなきゃ」と思った訳です。特に、亡父の時には孤独死させてしまって父に申し訳なかったし、突然のことだしショックだし悲しいし、心底崩れ落ちそうな状況だったので、来てくれたことが心の支えになったのでした(他の友人も同様)。元々、公(仕事)の上でも私(友情)の上でも、仲間としては理想的とは言い難い私にも優しく付き合ってくれる友人だったので、ただでさえ「足を向けて寝ちゃぁ、渡世の仁義が通らねぇだろ!」という友人の中の一人だったことに加えて、上述のような当家葬儀の際の恩義があったので、なおさらです。

こんな経緯があったため、自分の亡き両親への思いがその友人の悲しみにシンクロしてしまい、読経の際に自分が泣き出しそうになってしまいました。故人と面識のない参列者が泣くのは変だし、「その友人が涙をこらえているのに自分がないちゃぁ、べらぼうにマズイだろ」と思い、必死になって涙をこらえました。

式後、その友人が参列者に挨拶に来た際、それまでこらえていたその友人が、私と話した途端に涙をこぼし、私ももう我慢しなくてよいのだと悟ったので涙をこらえることを止めました。父を亡くした者同士、感情がシンクロして共鳴している旨が分かったからです。周囲の、かつての拙職場の先輩や仲間達も、その友人と私の感情のシンクロや共鳴が分かった模様でした。

私も辛かったけど、その友人も辛ぇだろうなぁ、と思いました。若かりし頃は、家族を亡くす悲しみは頭では察しても心でシンクロしたり共鳴したりすることは無かったのですが、自分が親を亡くすとよく分かります。分かってしまうことが悲しい、決してうれしくはない、心の成長です。

なお、葬儀の際、「孫一同」名義の花輪があったのを見て、その友人は、私とは異なり親孝行で「やるべきことはやった」見送り方ができたのだと思いました。売れ残り独身の私は、孫の顔を亡父や亡母に見せてあげることが叶いませんでした。私も、その友人のように、亡父や亡母に孫の顔を見せたかったなぁ・・・。

 

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お父さん、お母さん、行かないで

拙ブログ日記「ああ、横浜プリンスホテルが消えちゃった・・・」に載せた写真を見ています(以下の2写真は同ブログ日記の再掲)。

060528_12510001両親の生前、2006年5月28日に横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。









P5280024フラワー・プロムナードのバラ園での、亡父の後姿です。





親子3人揃っての最後の思い出になった、一昨年2006年5月に2回に渡って行った、今は無き横浜プリンスホテルのフラワー・プロムナードに行った際の上の2写真を見ていると、その後に相次いで死んだ両親が、後ろ姿を見せたまま消えてしまったように思われて悲しくなります。

お父さん、お母さん、私を残して行かないで・・・

2006年11月11日に母を、2007年8月5日に父を相次いで亡くした私には、今この写真を見直すと、思わず、「行かないで~!」と叫びたくなります。わずか2年前の5月には親子三人揃っていたのに・・・。

060505_13400001両親の生前、2006年5月5日に横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。横浜プリンス・ホテルも消えてしまい、両親も死んでしまった今日、もう二度と戻って来ない情景です。丁度二年前の今日です。





060505_13400002両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。






060528_14280001両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。





P5280041両親の生前、横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行った時の写真です。






Im580006両親の生前、丁度3年前2005年の5月の最後の家族旅行になった鹿児島旅行の際に、岩崎美術館で撮った亡父と亡母の写真






Im580005両親の生前、丁度3年前2005年の5月の最後の家族旅行になった鹿児島旅行の際に、岩崎美術館で撮った亡父と亡母の写真






Im580004両親の生前、丁度3年前2005年の5月の最後の家族旅行になった鹿児島旅行の際に、岩崎美術館で撮った亡母と私の写真





 

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デニーズの思い出の席(デニーズ、頑張れ!)

実家の片づけをしに帰省していながら、独りぼっちの家で亡父や亡母を思い出して泣き暮らしている内に何もできていない駄目な私・・・父が存命だったら叱られただろうなぁ・・・。

亡き両親との思い出が籠もる大好きで懐かしいファミレス・デニーズで飯食っています。昨年のGWに亡父と座って、亡母の思い出話をした席です。もう、父もいません。母の思い出を共に語れる人は誰もいなくなってしまいました。去年までは父も一緒だったのに。一昨年までは母も一緒だったのに・・・。

お父さん、お母さん、会いたいです。母の時父の時も、親不孝な見送り方しかできず、ごめんなさい。怒っていなかったら、幽霊でも夢の中でもいいから会いに来て欲しいです。

報道によれば、デニーズはファミレス業界の荒波を乗り越えるために、店舗のリストラをするそうです。ファミレスも含めた広い意味での観光&飲食業界は、実は思い出を売る業界なので寂しいですが、生き残りのためには仕方がないと思います。でも、この思い出の残る店と、我が家が初めてデニーズを知った松戸店は残しておいて欲しいなぁ、と切実に思います。両親とも亡くしてまだ一年過ぎていないのに、最近思い出のスポットがドンドン消えたり、消えていた旨を知ったりすることが多いので、悲しく寂しいです。この店には、残っていて欲しいです。

 

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2008年5月 4日 (日)

父も母もいない独りぼっちのGW

今日は、故郷・横浜の実家の荷物整理に来ていながら、父も母もいなくなってしまった実家に独りぼっち、悲しくて寂しくて虚無感で何もできないでおります。

三年前2005年には、私が鹿児島に赴任していた時にはゴールデン・ウィーク(以降、GWと略)に帰省しませんでしたがそれは同月中に両親が鹿児島に遊びに来てくれる予定があったためで、(GWではなく同月中の別の週末でしたが)今にして思えば最後の家族旅行になってしまった親子三人の鹿児島旅行を楽しみました。戻れるものなら戻りたい、と私が思う最後の時期です。

一昨年2006年のGWに帰省した際には、今にして思えば、約半年後の母の死に至る体調崩れの契機になった、2005年暮れにもやもや病に起因する脳溢血の発作で倒れてから退院した後で死に向かって進んでいた時期ではあるとは申せ、それでも母が退院してくれて実家には生前の母がいてくれて、親子3人揃っていました。親子三人が揃っていた最後のGWです。今では無くなってしまった横浜プリンス・ホテルフラワー・プロムナードに行きました。家族が楽しかった最後の時期です。

その後、2006年11月11日に母が死んでしまい、昨年2007年のGWには残された亡父と二人だけのGWでした。母を失って親子で悲しんでいましたが、父と一緒に母の墓参りに行きながら母の思い出話をして過ごしました。それはそれで悲しい時期だとは思っておりましたが、昨年2007年8月5日に父まで失ってしまったので、今となっては二度と戻って来ない日々になってしまいました。

もっと昔に遡れば、GWは親子で鎌倉や横須賀に遊びに行ったりして、とても楽しいものでした。家族揃って横浜に近い鎌倉が大好きで毎年のように遊びに行きました。鶴ヶ丘八幡宮は大好きだったし、円覚寺に行って北条時宗廟を見たり茶屋でリスを見て楽しんだり、鎌倉宮に行ったり、そこで見つけたかえで茶屋で鳩サブレならぬリスサブレを見つけて楽しんだり、亡母が大好きだった銭洗弁天に行ったり、小町通りの喫茶店「門」に行ったり・・・。鎌倉には頻繁に行っていたので、今となっては「あれはいつだっけ?」状況ですが、拙個人公式WEBサイト「Noblesse Oblige カミタクの部屋」中の「短歌の部屋」掲載の

○ 円覚寺の茶屋に休めば目の前を灰色のリスが駈けて行きたり

○ 手を伸ばさば届かむばかりにすぐ近くリスとしばしを眼合ひたり

○ 新しき菓子リスサブレーを見つけたり鎌倉の加藤さんも知らないだらう

などの平成11年(1999年)の拙短歌作品を読み直してみれば、 、円覚寺鎌倉宮に行ったのは1999年のことだと思い出しました。もう、年月が過ぎちゃったのだなぁ・・・と思います。

残された亡父の記録に、丁度10年前、1998年に一緒に三浦半島観音崎に遊びに行ったことが記されていて、父にとっても大切な思い出になったのだと、父の死後に知りました。観音崎京急ホテルのレストラン「浜木綿」が私のお気に入りのスポットで、そこに一緒に遊びに行ったり観音崎灯台を見に行ったりしたのです。横須賀では、軍港めぐりを楽しんだのも、2003年のGWのことです。観音崎にせよ横須賀にせよ、両親と一緒に三浦半島を行ったのはとても楽しく、もう、二度と戻って来ないんだなぁ、と思います。

いつも、いつもGWや正月に帰省すれば両親はいてくれたのに・・・独りぼっちになっちゃった・・・。お父さん・・・お母さん・・・会いたいよー。 あんなに優しくしてくれたのに、親不孝な見送り方しかできなかった・・・。死んでしまったことが悪い夢か何かで、目覚めれば父や母がいてくれたら良いので すが。会いたい。寂しい。悲しい。私は、独りぼっちになってしまった・・・。

<追伸補記>
 両親とのGWの思い出を思い出している内に、2001年にはよこはま動物園ズーラシアに行ったことを思い出しました。ズーラシアには、孫悟空のモデルとも言われている絶滅危惧種の貴重な猿・キンシコウが当時いました。それを見た亡父が語ってくれたところでは、キンシコウは当初は同じ横浜市内でも横浜市立金沢動物園にいて、或る日そこに行ったところ、「キンシコウキンシコウと楽しみにしながら来ていた子供が、キンシコウが移設されたのを知ってがっかりしていた」光景に出くわし、「猿の絶滅危惧種の大切さが分かって楽しみにしている子供がいるということはは、日本の子供のレベルの高さだと感心した」という話をしてくれました。何の変哲もない会話の思い出ですが、ズーラシアに行ってそんな会話を亡父とする機会はもうありません。その思い出のキンシコウも、横浜市の動物園の発表
http://www.hama-zoo.org/zoorasia/archives/2007-1101-1353-1.htmlhttp://www.hama-zoo.org/zoorasia/archives/2007-1101-1353-1.html
http://www.city.yokohama.jp/me/kankyou/kisha/h19/071101-2.html
によれば、中国に里帰りしてしまったとの由です。どんどん思い出のスポットなどが消えて行ってしまう・・・ああ・・・。

昔は父がいてくれて母がいてくれて、楽しかったのに・・・。私は独りぼっちだ・・・。

 



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2008年4月29日 (火)

馬籠宿の民宿・岩田屋の廃業

今から16年前の1992年のこと、昨年2007年、一昨年2006年と相次いで亡くなった両親と共に、木曽路に旅行に行ったことがありました。馬籠宿を楽しんで、宿場町から少々馬籠峠の方の町外れの民宿・岩田屋に泊まり、翌日馬籠峠越えをして妻籠宿を楽しんだ後で寝覚の床の景色を楽しみ、横浜に帰りました。

もやもや病による幾度かの脳溢血で既に足が悪くなりかけていた亡母がまだ歩ける内にと企画した旅行でした。足の悪い母を宿の主の方が心配して馬籠峠の頂上まで車で送って下さり、下り道だけ歩けば済むようにして下さりました。実は長い年月の間にそのありがたいおもてなしを半ば忘れかけていたのですが、生前の亡父と最後に会えた機会となった昨2007年のGWの帰省の際に、母の思い出話を父としていて思い出しました。その時は、個人的思いとしてはそんな大切でありがたかった話をなぜ忘れかけてしまっていたのだろうと内心自分を恥じました。

せっかく木曽路に近い名古屋に赴任しているので、亡き両親との思い出を偲んで懐かしい岩田屋に泊まる旅行をしようかと考えていたのですが、宿か観光案内サイトに載っていないかHPを探しても、iタウンページで電話番号検索しても、馬籠観光協会のHP
http://www.kiso-magome.com/
の宿コーナーを見ても、岩田屋が見あたりません。思い余って馬籠観光協会にeメールで照会したところ、残念ながら廃業している旨が分かりました。

木曽路の民宿で、バブル崩壊後の10年以上に及ぶ構造不況による宿泊客減に耐えられなかったり、世代交代時に後継ぎがおらず廃業した民宿は多いと聞きます。みな、大変だったのだろうと思います。

でも、自分にとっては、二度と戻れない日々とは申せ昨日のように懐かしい、大好きな亡父と亡母の思い出が籠もる民宿が消えてしまったことは、すごく悲しいです。あれから自分も公私共にジタバタあくせくしている内に気づいたら16年が過ぎてしまいましたが、思い出の中では楽しかった木曽路旅行は、つい昨日のような気がします。

この場で恐縮ですが、岩田屋のご主人には、改めてあの日の亡母へのおもてなしありがとうございます。民宿は廃業しても、思い出だけは消えません。そして、そのおもてなしのおかげで、私は木曽路、特に馬籠宿妻籠宿のファンになりました。頻繁に行く訳ではなく今旅行したいように10年とか20年に一度でしょうが、優しい心遣いで固定ファンになりました。生前の亡父も懐かしがって、ありがたい思い出話にしていましたよ。本当にありがとうございます。

でも・・・岩田屋の廃業を知り、寂しいです。正直、ショックです。

 

 

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2008年4月15日 (火)

横浜そごうのからくり人形時計がなくなっちゃったそうです

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我が第1の故郷・横浜では、横浜そごうの地下二階、横浜駅東口地下街「ポルタ」からの入口に、とてもかわいらしい人形の楽しいからくり時計がありました。そこは、ハマっ子達にとっては、心和む楽しい広場でした。写真は、ありし日のからくり時計です。

mixiのコミュで知ったのですが、本日2008年04月15日、そのからくり人形時計がなくなってしまったのだそうです。

私にとっては、今は亡き大好きな両親と眺めた、今となっては二度と戻って来ることの無い、家族がまだ幸せだった頃の思い出の中に登場する時計です。寂しいし悲しいし、とてもせつないです。

大好きだった横浜プリンスホテルも消えてしまい、亡父亡母との楽しかった思い出の情景がどんどん消えてしまいます。あのからくり人形時計大好きだったのに・・・。泣き出しちゃうくらい、悲しいです。叶うならばもう一度、亡父亡母と一緒にあの時計を見たいです。

後刻追記追伸:自宅(名古屋)に帰ってから両親の遺影に線香をあげて、思い出多い、横浜そごうのからくり人形が消えてしまった旨を報告しました。涙が止まりませんでした。



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○ 1年前の昨日

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