今日は、故郷・横浜の実家の荷物整理に来ていながら、父も母もいなくなってしまった実家に独りぼっち、悲しくて寂しくて虚無感で何もできないでおります。
三年前2005年には、私が鹿児島に赴任していた時にはゴールデン・ウィーク(以降、GWと略)に帰省しませんでしたがそれは同月中に両親が鹿児島に遊びに来てくれる予定があったためで、(GWではなく同月中の別の週末でしたが)今にして思えば最後の家族旅行になってしまった親子三人の鹿児島旅行を楽しみました。戻れるものなら戻りたい、と私が思う最後の時期です。
一昨年2006年のGWに帰省した際には、今にして思えば、約半年後の母の死に至る体調崩れの契機になった、2005年暮れにもやもや病に起因する脳溢血の発作で倒れてから退院した後で死に向かって進んでいた時期ではあるとは申せ、それでも母が退院してくれて実家には生前の母がいてくれて、親子3人揃っていました。親子三人が揃っていた最後のGWです。今では無くなってしまった横浜プリンス・ホテルのフラワー・プロムナードに行きました。家族が楽しかった最後の時期です。
その後、2006年11月11日に母が死んでしまい、昨年2007年のGWには残された亡父と二人だけのGWでした。母を失って親子で悲しんでいましたが、父と一緒に母の墓参りに行きながら母の思い出話をして過ごしました。それはそれで悲しい時期だとは思っておりましたが、昨年2007年8月5日に父まで失ってしまったので、今となっては二度と戻って来ない日々になってしまいました。
もっと昔に遡れば、GWは親子で鎌倉や横須賀に遊びに行ったりして、とても楽しいものでした。家族揃って横浜に近い鎌倉が大好きで毎年のように遊びに行きました。鶴ヶ丘八幡宮は大好きだったし、円覚寺に行って北条時宗廟を見たり茶屋でリスを見て楽しんだり、鎌倉宮に行ったり、そこで見つけたかえで茶屋で鳩サブレならぬリスサブレを見つけて楽しんだり、亡母が大好きだった銭洗弁天に行ったり、小町通りの喫茶店「門」に行ったり・・・。鎌倉には頻繁に行っていたので、今となっては「あれはいつだっけ?」状況ですが、拙個人公式WEBサイト「Noblesse Oblige カミタクの部屋」中の「短歌の部屋」掲載の
○ 円覚寺の茶屋に休めば目の前を灰色のリスが駈けて行きたり
○ 手を伸ばさば届かむばかりにすぐ近くリスとしばしを眼合ひたり
○ 新しき菓子リスサブレーを見つけたり鎌倉の加藤さんも知らないだらう
などの平成11年(1999年)の拙短歌作品を読み直してみれば、
、円覚寺や鎌倉宮に行ったのは1999年のことだと思い出しました。もう、年月が過ぎちゃったのだなぁ・・・と思います。
残された亡父の記録に、丁度10年前、1998年に一緒に三浦半島の観音崎に遊びに行ったことが記されていて、父にとっても大切な思い出になったのだと、父の死後に知りました。観音崎京急ホテルのレストラン「浜木綿」が私のお気に入りのスポットで、そこに一緒に遊びに行ったり観音崎灯台を見に行ったりしたのです。横須賀では、軍港めぐりを楽しんだのも、2003年のGWのことです。観音崎にせよ横須賀にせよ、両親と一緒に三浦半島を行ったのはとても楽しく、もう、二度と戻って来ないんだなぁ、と思います。
いつも、いつもGWや正月に帰省すれば両親はいてくれたのに・・・独りぼっちになっちゃった・・・。お父さん・・・お母さん・・・会いたいよー。
あんなに優しくしてくれたのに、親不孝な見送り方しかできなかった・・・。死んでしまったことが悪い夢か何かで、目覚めれば父や母がいてくれたら良いので
すが。会いたい。寂しい。悲しい。私は、独りぼっちになってしまった・・・。
<追伸補記>
両親とのGWの思い出を思い出している内に、2001年にはよこはま動物園ズーラシアに行ったことを思い出しました。ズーラシアには、孫悟空のモデルとも言われている絶滅危惧種の貴重な猿・キンシコウが当時いました。それを見た亡父が語ってくれたところでは、キンシコウは当初は同じ横浜市内でも横浜市立金沢動物園にいて、或る日そこに行ったところ、「キンシコウ、キンシコウと楽しみにしながら来ていた子供が、キンシコウが移設されたのを知ってがっかりしていた」光景に出くわし、「猿の絶滅危惧種の大切さが分かって楽しみにしている子供がいるということはは、日本の子供のレベルの高さだと感心した」という話をしてくれました。何の変哲もない会話の思い出ですが、ズーラシアに行ってそんな会話を亡父とする機会はもうありません。その思い出のキンシコウも、横浜市の動物園の発表
http://www.hama-zoo.org/zoorasia/archives/2007-1101-1353-1.htmlhttp://www.hama-zoo.org/zoorasia/archives/2007-1101-1353-1.html
http://www.city.yokohama.jp/me/kankyou/kisha/h19/071101-2.html
によれば、中国に里帰りしてしまったとの由です。どんどん思い出のスポットなどが消えて行ってしまう・・・ああ・・・。
昔は父がいてくれて母がいてくれて、楽しかったのに・・・。私は独りぼっちだ・・・。
◎ 当日記に関連する当ブログ内の他の日記記事
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○ 母の死・その2
○ 鹿児島での母との思い出の場所
○ 今度は父の死亡
○ 父が残していた越乃寒梅ー夢の残骸
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○ もう一度お父さんとお母さんの子供に生まれて来てもいいですか
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○ 明日(もう今日?)は母の一周忌法要
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○ 亡き両親との思い出のデニーズ
○ ああ、1年前の今日
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○ 父の死,及びその9ヶ月前の母の死に関する、当ブログ内の他の日記記事については、この目次欄でご参照可能です。